2018年02月25日

不思議な日本人


最近、日本とは何か、日本人とは何か、などとエセ司馬遼太郎みたいなことを考えている。とはいえ、凡百の思考能力しかない我が身、たいしたことが言えるはずもない。ただ、そういう意識を持っていると、聞くもの読むものの中から何かしら心に引っかかるものが出てくる。

例えば、こんな識者の発言だ。ぜひ音声で聞いてほしい。
https://www.tbsradio.jp/227873
敗戦の翌年にスタートし、連載終了から40年も経つマンガ『サザエさん』。もはや時代錯誤も甚だしい内容なのに、あるいはスポンサーの東芝がつぶれそうなのに、何が何でも後生大事に番組を続けようとするのは、「高度経済成長期の「古き良き日本」の亡霊から逃れられない、“変われない”日本社会を象徴している」と五郎さんは指摘する。これから人口が激減し、このままでは国が成り立たなくなるというのに、何でも開発、何でも右肩上がりの思考を捨てられない日本って、かなり頭が悪い。

こんな記事にもなるほどと膝を打った。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/174784/022200132/
日本人はおとなしい、政府や大企業に何をされても怒らない、とよく言われる。でも、私が学生のころは毎日のようにデモがあったし、大学にはバリケードが築かれて一部の学生が「反体制」を叫んでいた。その内容自体の是非はさておいて、とても「日本人はおとなしい」とは言えない時代もあったのだ。それが今では、たいしたデモもないし、まして暴動につながるような不穏な雰囲気は微塵もない。その理由を著者の小田嶋さんは、「一介の労働者に過ぎない多くの日本人が、なぜなのか、国策や日本経済を語る段になると「経営者目線」で自分たちの暮らしている社会を上から分析しにかかっている」からではないかという。現実は支配され搾取されている存在にもかかわらず、支配し搾取する者の視点で思考する。こんな奇妙奇天烈な国民は他にあるまい。

こんなことを考えていると気が滅入るばかりなので、カーリング女子のべっぴんさんたちの活躍に拍手し、あるいは、15歳の中坊が並みいる将棋の天才たちをなで切りにする様に感心する。そんなことで気を紛らわせております。


posted by ギャンブラー at 11:19| Comment(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする