2020年05月23日

損な性分

ここ数年、私が忌み嫌ってきたものが二つある。

一つは、東京オリンピック。このブログでも、開催地が東京に決まったとき、喜ぶのは建設業界(下品な言葉で言うと土建屋)とスポーツ至上主義者(同じく下品な言葉で言うとスポーツバカ)だけだと毒づいてきた。その思いは今も全く変わらない。

折しも新型コロナウイルスの感染拡大によって、東京オリンピックの弊害が改めて顕在化した。というのも、当初、我が国はオリンピックをなんとか開催しようと、姑息にも感染者数を低く見積もるためにPCR検査を受けづらくしたのである。機を見るに敏なだけが取り柄の小池都知事もそれに乗っかって、検査体制と医療体制の整備・充実を怠った。途中からオリンピックどころではないという事態になったとき、普通なら、早期発見・早期治療ができる医療体制の構築に舵を切るはずである。ところが、諫早湾の埋め立てや八ッ場ダムの例でもわかるように、我が国の官僚組織は、一旦決めたことを絶対に軌道修正しようとしない。これは戦前の大本営の時代から続く宿痾である。そうした状況の変化に目を閉ざす体質が、必ず悲惨な結果を生むことは歴史が証明している。
この3ヵ月間、首都圏を中心に「PCR難民」が続出し、「なぜ世界で日本だけこんなにPCR検査数が少ないのか」という怨嗟の声が市中に満ち満ちた。その声に対して、政治家や感染症の専門家集団は、口では増やすと言いつつ、一方で「PCR検査数を増やすだけが能ではない」と陰で言い続けてきた。
おそらく彼らは勘違いしているのだ。国民は検査数なんかどうでもいいのである。自分や家族が発熱して体調がすぐれないとき、すぐ検査を受けられ、もし陽性で重症化したとき、速やかに治療を受けられる体制を望んでいるだけである。その一点さえ保証されれば、外国に比べて検査数が多かろうと少なかろうと気にならないし、外出自粛要請などの不自由な生活も甘んじて受け入れられる。
だから政府は、早期発見・早期治療のためにヒト・モノ・カネを集中することに全力を傾けるべきだったのだ。ところが、出てきた施策らしい施策はアベノマスクだけである。こんな体たらくでは、次に感染の第二波が襲来したときも、検査体制と医療体制はこれまでとさほど変わらないと覚悟すべきだろう。

もう一つは、いかに日本と日本人が有能で素晴らしいかを過剰に演出するテレビ番組だ。そんな番組を目にするや否や、私はすぐチャンネルを切り替える。恥ずかしくて見ていられないからである。そもそも、心ある人は自分からしゃしゃり出たりしないものだ。反対に下品で自らに自信のない人間は「オレってすごいでしょ」と自分をやたらにアピールしようとする。
その化けの皮を引っぺがしたのも、やはり新型コロナウイルスだ。国民の選良である首相と大臣、東大出のベスト&ブライテスト≠ネ官僚、のはずなのに、やることなすこと全てノロマで頓珍漢で、実はかなり頭が悪く、実務能力にも劣ることが白日のもとにさらされてしまった。それが今の日本の真の姿であり、実力なのだ。その悲しい現実に向き合うことなしに日本の再生はない。能天気なテレビ番組を見て、「日本人って有能だなぁ」とか「日本って素晴らしい」などと自己満足にひたっている場合ではないのである。

感染症のパンデミックに対する不安と恐怖に加えて、こんな心配までしなくてはならないとは、私もつくづく損な性分に生まれたものである。


オークスは、◎にミヤマザクラを抜擢。
実質不良の桜花賞でもそれほど負けていないし、新馬からの馬体重増も好印象。距離実績も他馬に比べて強み。ユタカへの乗り替わりも少なくともマイナスにはならない。なんだか鉄板に見えてきた。
◯は、人気落ちのマルターズディオサ。馬場渋化の桜花賞を除けば堂々たる実績馬だ。
▲は、デアリングアクトで仕方ないか。G1実績で見劣る鞍上では凡走しても驚かないが。


posted by ギャンブラー at 17:01| Comment(0) | 口は災いのもと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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