2013年12月31日

年の瀬雑感

11月の声を聞いてから、東京は雲一つない抜けるような晴天の日が続いている。まことに結構なことだが、「異常気象」という言葉を刷り込まれているせいか、これも異変の前触れか…などと勘ぐってしまう。
そんな年も押し詰まった東京の街を、冬の透明な日射しを浴びながら、自転車に乗って買い物がてら散策している。乾燥した冷気に身を清められるようで、はなはだ気持ちがいい。いつもの公園に行くと、日だまりのベンチのそばで、鳩が芝生の上にうずくまってひなたぼっこをしていた。ざっと10羽はいるだろうか。近寄っても逃げずに黙々と陽光を浴びている。私も隣のベンチに座って、鳩たちと一緒に日の光を浴びる。それだけで幸せな気持ちになった。

毎年、正月は部屋にこもって過ごすのが恒例となっている。ベッドと居間のホットカーペットと食卓を行き来するだけで、1日の歩数はせいぜい100歩に満たないだろう。そのため、年末は食材を買いだめすることとなる。以前は大量の酒と肴を買い込んだものだが、いつの間にか、質のいい食材を少しずつ揃えるようになった。お酒は……医者に禁じられてからこの方、一切飲んでいない。その代わり、ついこんなものを買い込んでしまった。シャンパンやビールに見えるかもしれないが、グレープジュースとジンジャーエールである。前回の正月は、これらをシャンパングラスに注いで飲みながら、極上の生ハムやキャビアやスモークサーモンやチーズを食べた。今度の正月もそうするだろう。倒錯した快楽とは、こういうことを言うに違いない。

代用品

今年は、株と投資信託でかなり儲けた。まあ、マヌケな民主党政権がこけて安倍政権になってから株価が1.5倍になったのだから、バカでも儲かる理屈である。儲けたお金は税金を除いてすべて再投資に回すから、手許には何も残らない。特に買いたいものもないし、行きたいところもないから、それで不都合なことは何もない。
では、なぜ命の次に大切な身銭を投機に回してリスクに晒すのか。ゼロ金利の銀行口座にただ入れておくのは業腹だから、というのが一つ。もう一つは、カネは使ってナンボだと思うから。使わなければ、札は単なる紙切れである。こんなことを言っていられるのも儲かっているからだが、暴落したらしたで、残ったお金で下がり切った株を買えばまた儲かるだろう。こういう心境に達したのも、いろいろ痛い目に遭いながらも大損することなく、嫌なことばかりが多い日常生活の中でスリルを楽しんでこられたからである。

もっとも、歳をくってお前は利口になったのかと問われれば、答えは否。むしろ年を経るごとに、人としての値打ちが下がっているように思う。決して謙遜で言っているのではない。我がことながら情けない思いばかりが募る年の瀬である。

皆さん良い年をお迎え下さい。



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2013年11月30日

師走を前に

おそらく我が人生においてかけがえのない日々であるはずなのに、なんだか淡々と時は過ぎていく。こんなことでいいのだろうかと思う反面、ではどんな日々が望みなのかと問われれば、「……」と言葉にならないもどかしさが宙をさまよう。で、結局、「一応健康だし、食うには困っていないし、身内に不幸はないし、会社の若い奴らも大きな不満はないようだし…」と自らに言い聞かせる。ひょっとしてこれが「幸福」というものなのだろうか。

些末なことに悩まされ、翻弄され、「面倒くせえ」と愚痴をつぶやきながら今年1年がもうすぐ幕を閉じようとしている。そんな自分に「何を甘ったれているんだ」と侮蔑の言葉を投げつける一方で、「ほかにどうやりようがある」と言い訳をしながら自らの心を無理やり納得させる。これが「人生」というものなのだろうか。

気持ちは40歳でも、鏡を見ればもうすぐ還暦を迎えるくたびれた見知らぬ男がこちらを見つめている。お前はいったい誰なんだ。何がしたいんだ。そう問い詰めても、よそよそしい沈黙が返ってくるだけ。これが「老いる」ということに違いない。



JCダート予想
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2013年10月12日

スピーチ

明日日曜は、部下の結婚式である。二人は同僚で、入社時から見守ってきた私としては、とてもうれしい。その二人からぜひにとスピーチを頼まれた。できることなら感動的なスピーチをしたいと思うが、いきなりそんなことができるわけもない。また、明日の主役は二人である。結局、こんな文章を書き、今、予行演習に余念がない。


○○くん、☆☆さん、結婚おめでとう。
また、○○家、☆☆家ご両家の皆様、新郎新婦が在籍する会社を代表しまして、心よりのお祝いを申し上げます。

最初に、私どもの会社について簡単に紹介させていただきます。(中略)その中で○○くんはデザイナーを、☆☆さんはライターという仕事を担当してもらっています。二人とも今年で入社5年目になりますが、ここ2〜3年の間にメキメキと成長し、今では会社にとってなくてはならない人材となっています。普通、編集という仕事で一人前になるには、かなりの年月が必要なのですが、最近の二人の成長ぶりには掛け値なしに目を見張るものがあります。その理由として、次の2つがあげられます。

1つは、性格の良さです。ここにいらっしゃる二人のご友人ならお分かりだと思いますが、彼らのそばにいると気分が安らぐと言いますか、自然にゆったりとした気持ちになります。ギスギスしたところがちっともない。今の世の中にあって、こういう性格の良さはとても貴重で、それだけで仕事がやりやすくなります。例えば☆☆さんは、仕事で大会社の社長や役員さんにインタビューすることがありますが、普段は気難しくて口数が少ないのに、☆☆さんが質問すると途端に能弁になるというケースが多々あります。あとで担当の方から、「あの役員があんなにしゃべるのを初めて見た」と言われるほどです。そうなると、「次も☆☆さんに…」ということになって、仕事がどんどん広がっていきます。○○くんも同じようにお客様からの信頼は絶大で、いつもお客様から相談を持ちかけられ、そのたびに新しい仕事につながっています。それだけ頼りにされているということで、入社数年でなかなかこうはいきません。

もう1つの理由は、素直さです。素直さというと、何でも唯々諾々と人の言うことを聞く人、というふうに思っている人が少なくありませんが、まったく違います。素直さを別の言葉に言い換えますと、「自分を客観視できる能力」ということです。自分を客観視すると、自分の至らない点や欠点がよく見えます。それと同時に、自分にはない他人の長所がわかります。その結果、自然に自分の欠点を直し、他人のいい所を取り入れるようになり、能力がどんどん伸び、人間としても成長していく。これが「素直さ」ということです。その意味で、二人ともとても素直な若者です。

とは申しましても、まだ二人は成長途上で、未熟な面もあります。そんな二人に、年長者としてアドバイスをするのが、こういう場での定跡のようです。例の、「結婚生活では3つの袋を大事にしてください」というアレですね。私も一度ああいうスピーチをしたかったのですが、実は先日、☆☆さんから、「ギャンブラーさん、スピーチを頼みたいんですが、気の利いたことや面白いことを言おうとしても、どうせスベるだけですから、手短にお願いしますね」と釘を刺されました。確かにその通りだと思いましたので、「おう、わかった、わかった」とその場は答えたのですが、人間歳をとりますと、若い人に教訓を垂れたくてムズムズするものです。そこで、私も1つだけ、二人の参考になると思うことを述べさせていただきます。

夏目漱石は皆さんご存知だと思います。文明開化から20年か30年という当時の日本にあって、国費でイギリス留学に派遣された大秀才です。おそらく英語に関して、当時の第一人者だったでしょう。その漱石が英語の教師をしていた頃、授業で「I love you」という英語を、学生が「我汝を愛す」と訳したところ、漱石からダメ出しされたそうです。I love youに相当する日本語の表現はない、というのがその理由です。「どうしても日本語にしたければ…」と言って漱石が訳したのが、なんと「月が綺麗ですね」という言葉です。このエピソードを読んだとき、私は最初何のことかよくわかりませんでした。しかし、じっくり考えてみると、とても含蓄のある、日本人にしかできない愛情表現だと思いました。

おそらく、二人はこれから長い人生、夫婦喧嘩をすることもあろうかと思います。謝るのはたぶん○○くんだと思いますが、なかなか素直に「ごめん、悪かった」とは言えないこともあるでしょう。そんなとき、「今夜は月が綺麗だから、ベランダで月見でもしようか」とか、「花が綺麗だから、弁当でも持って公園に行こうか」と誘って、☆☆さんもそれを自分への深い愛情の表現として受け入れる、そんな夫婦であってほしいと思います。

「月が綺麗ですね」。この言葉を若い二人への餞の言葉として、私のお祝いの言葉とさせていただきます。ご清聴ありがとうございました。





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posted by ギャンブラー at 23:44| Comment(2) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月31日

ファン

「あなたが最も好きな作家は誰ですか?」
そんなアンケートを全国民に実施したら、第一位になるのは誰だろう。村上春樹? 確かに国際的に知名度が高く、書けば必ずベストセラーになる作家ではある。しかし、案外、彼は読者を選ぶ作家だと私は秘かに考えている。夏目漱石? 誰でも1冊や2冊は読んだことがあるだろうが、もはや教科書の中に出てくる人物であって、好き嫌いで話せるような対象ではない。

私がアンケート結果を予想するに、おそらく池波正太郎、司馬遼太郎、藤沢周平の三つ巴になるのではないか。しかし、この3人の順位づけとなると、かなり難しい。好みの問題、ということになろう。私が個人的な好みでこの3人に順位づけをするなら、池波正太郎と藤沢周平のいずれかが1位、司馬遼太郎が3位となる。では、池波正太郎と藤沢周平のどちらを取るか。「う〜ん」と考えに考えて、池波正太郎を1位とする。理由は、池波正太郎の小説には、うまそうな食べ物がしばしば登場するから。これに比して、藤沢周平の小説から「食」をイメージすることはほとんどない。この二人の作家に差をつけるなら、結局はそんな些細な点に着目するしかない。

さて、その池波正太郎だが、現在、松屋銀座で「生誕90年 池波正太郎展」が開催されている。私にとって最も好きな作家であるかどうかはともかく、五本の指に入る作家であることは間違いない。さっそく足を運んでみた。
小学校の通信簿(ほとんどが甲)から始まり、自筆原稿、再現された書斎、愛用の文具や服、ドラマで実際に使用された衣装など、ファンにとっては堪らない品々のオンパレードである。若い人にわかりやすいたとえをするなら、AKB48のファンが、彼女たちの舞台衣装や私服を前にして興奮するようなものである。(違うか)
もう一つの収穫は、たくさんの挿絵が展示されていたことだ。池波本人の絵は、味はあるもののやはり素人のレベルだが、挿絵画家・中一弥の作品はみんな素晴らしい出来で、思わず見入ってしまった。

一通り見て回ったあとは、お約束のグッズ販売コーナーがある。私は映画やコンサートなどでこの手のものを買ったことはないが、今回ばかりはいくつも小物を買ってしまった。いそいそと帰宅し、手に入れた品々を前に一人悦に入っているのだから、世話はない。
この展示会、9月9日まで開催されている。首都圏在住の池波ファンは急がれたし。

池波グッズ




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2013年08月23日

演歌について

藤圭子が亡くなった。どうやら自殺であるらしい。私は特段彼女のファンではないし、シンパシーを持っていたわけではないが、同時代を生きた一人として、何か言葉にできない無常観のようなものを感じずにはいられない。
人形のような清楚な顔立ちと、それを見事に裏切る放埒で野太い歌声のアンバランス。当時から彼女は、どこかカタストロフィーを予感させるような歪み(ひずみ)というか、捻れのようなものをその身に内包していた。その後、スターダムにのし上がって金持ちになっても、結婚して子をなしても、その子が自らと同じ世界で成功を収めても、彼女が内包する歪みと捻れが消えることはなかった。つまり、彼女は常に不幸であった。彼女にとって、生きるとは何だったのだろう。幸せとは何だったのだろう。

最近、YouTubeやiTunesで演歌をよく聴くようになった。そこで歌われているのは、別れ、恨み、嘘、酒、涙、裏切り、恋心、未練……と相場が決まっている。これらの単語をただつなぐだけで演歌の歌詞ができるといっても過言ではない。これほど陳腐でステレオタイプな世界も珍しいだろう。だから、多くの人は無視し、ある人は軽蔑さえする。では、演歌は無用のものなのか。

演歌に代表される流行り歌というのは、澱のようなもの、もしくはアクのようなものである、と私は思っている。「時代」という実体の底に溜まる沈殿物、あるいはその時代の政治や経済が沸騰したときに浮かぶアク。それ自体にほとんど価値はない。しかし、料理をしてみればわかることだが、アクの出る食材ほど味が濃く、うまい。つまり、その時代がどれだけ豊穣であるかどうかは、そのとき流行る演歌を聴けばわかる、と言ってもいいのではないか。
豊穣とは、単に豊かというだけの意味ではない。一見無駄なものや非効率なもの、愚行や蛮行、そして露骨な欲望までをも飲み込んでしまう懐の深さ−−そこから滲み出すエキスが歌となり、メロディーとなる。
その伝でいけば、演歌らしい演歌のない現代という時代は、こぎれいで効率的かもしれないが、かなりやせ細っているに違いない。私がよく聴く演歌も、私が小さかった頃、若かった頃に流行った歌ばかり、たとえばこんな歌こんな歌、そしてこんな歌である。

意味のわからない英語の歌よりも、日本語とカタコト英語を取り混ぜた軽薄で珍妙な歌よりも、日本語としてどれだけしっくりくることか。常日ごろ言葉を扱う仕事を生業にしている身として、それだけは言わずにいられない。

藤圭子の訃報からだいぶ話が脱線してしまった。彼女と、彼女という存在をつくり出した当時の時代を偲んで、今夜は一曲だけ彼女の曲を聴くとしよう。



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2013年08月04日

酔狂の血

夏だというのに、何をすることもなく、ただただ仕事をする1個の機械のように日々を過ごしている。機械と違うのは、休日に梅干を漬けたり、ベランダのバジルで特製ソースをつくったりすることだが、去年も一昨年も同じようなことをやっているから、やはり機械と変わらない。

いや、水槽があった。そこで魚を飼うことに意味を感じるのは、人間特有のものだろう。まして、買ってきたゴロタ石に名前まで付けて喜んでいるのだから、もはや酔狂というほかない。
というわけで、先日、黒石「雲影」(読みは「くもかげ」と決定)を購入して水槽の中に配した。できれば水草を撤去し、底砂も、清流の瀬で水を食む小石に替え、水中に枯山水の世界を現出させたいのだが、そこまで突き進むエネルギーは今の私にはない。

雲影

最近、この水槽にまた1匹新しい住人が加わった。ベタという名の熱帯魚である。枯山水を目指す私の趣味とは正反対のハデハデな魚だが、これには訳がある。東京にただ一人いる身内の姪が、ベタのファンで、あろうことか狭いワンルームマンションで繁殖を試みている。先日それが成功し、100個もの卵を産んですべてが孵ったという。ブリーダーでもめったにないことだそうである。
ベタは「闘魚」の別名を持っており、優雅な見た目に反して同族に対する攻撃性がとても強い。だから1匹ずつしか飼えない。そのため姪は、100円ショップで小さなガラス製の容器を大量に買い込み、その中に1匹ずつ入れて飼育している。それが徐々に大きくなり、どうすればいいか困ってしまった。生来の生き物好きだから、処分するなど論外である。結局、行きつけの熱帯魚店に話をつけて引き取ってもらうことにしたらしいが、それでも余ってしまう。そこで「おじちゃん、お願いがあるんやけど…」というメールが来たのである。

ベタ

意識して地味な魚ばかり集めた我が水槽は、ベタの登場で一気に華やかになった。まあ、これも酔狂な姪を持ったが故の因果かなと、酔狂な自分が納得している。暑い夏は、まだまだ続く。



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2013年07月15日

名前遊び

この春に始めた水槽には、4種類の熱帯魚と1種類のエビが棲んでいる。熱帯魚のうちコリドラスという魚は3つの種類に分けられるから、厳密には、6種類の熱帯魚がいる、ということになる。見た目も魚種もてんでバラバラ、規則性などない。正統的な熱帯魚ファンなら、こういう行き当たりばったりの飼い方はしない。もっとも好きな魚をメインに、その脇役として1種か2種の小魚を入れるか、もしくは、1種類の魚を大量に入れ、その群泳を愛でるというのが一般的である。私もそうしたいという気持ちはあるのだが、もともとオイカワなどの淡水魚志向が強いため、熱帯魚に特別なこだわりはない。そのときどきに目についた魚を数匹ずつ購入した結果、現在のようなとりとめのない構成になってしまった。

では、それが不本意かというと、必ずしもそうではない。いつも地を這いながら掃除に忙しいコリドラス、軽快な舞踏で目を楽しませてくれるプリステラ、いつも沈鬱な顔をして底に沈んでいる気難し屋のバジスバジス、そして宇宙人のような別世界の住人・ヤマトヌマエビ。何の因果かこれらの魚が寄り集まって小さな水槽で暮らしている様は、それはそれで面白いものである。

さらに最近は別種の楽しみもできた。先日、熱帯魚屋をブラブラしていたら、一つの岩(石)が目についた。何か惹かれるものがあったので購入し、水槽の中に入れてみた。思ったより白くて、茶色の底砂と合っていないが、何か独特の存在感がある。そこで、この岩を「孤氷」と名付けることにした。これだけではバランスが悪いので、近々、水草を取っ払って、もう一つ黒い岩を配することにした。まだ購入していないが、名前は「雲影」と決まっている。先日、公園で前方の草むらを雲の影が横切るのを見て思いついた名前である。この黒白(こくびゃく)の岩によって果てしなく広がる水中の世界を演出する……というような高尚なことは考えていないが、物に名前をつけた途端、その物は突然独自の存在感を主張し始めるから不思議である。「孤氷」と「雲影」か、うむうむと独り悦に入っている。

孤氷

ちなみに、このところの猛暑で、我が水槽の水温は軽く30℃を超えている。熱帯魚とはいえ、水温が上がりすぎるのはよくない。そこで、ペットボトルに水を入れ、冷凍庫で凍らしたものを水中に入れて冷やすという非常措置をとっているが、焼け石に水である。結局諦めて、何もしないことにした。そのせいか、魚たちは水底でじっとしながら暑さをやり過ごしている。「孤氷」と名付けたからには、この岩がいくらかでも水温を下げてくれればいいのだが、少し青みを帯びた白の岩肌は黙して語らない。きっと「雲影」が来るのを待っているに違いない。



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2013年06月23日

近況

今年の夏至は仙台で迎えた。仙台港から国道10号線を仙台空港方面に南下すると、津波で壊滅した海岸線の住宅地や水田で土盛りの工事が盛んに行われていた。すれ違う車のほとんどはトラックである。仙台駅周辺は今や大震災の片鱗さえ感じないが、郊外では、2年以上経ってようやく本格的な復興が始まったようである。

姪から電話がかかってきて、父の日にプレゼントをしたいが何が欲しいかと聞く。父ではないが、お言葉に甘えて帽子を買ってもらうことにする。お返しにごちそうしてあげるから何が食べたいかと聞くと、トルコ料理がいいという。変わったリクエストだが、まあよかろう。本格的なトルコ料理は初めて食べたが、なかなかうまかった。

ベランダではバジルがすくすくと育ち、柔らかな葉が初夏の風になびいている。それを見ながら、梅干を漬けた。今年は、大ぶりの南高梅と小梅の2種類である。もう少ししたら赤紫蘇を買ってきて漬け込まなくてはならない。先々の楽しみがあるというのは、いいものである。

東京でも梅雨がようやく本格化し、それが過ぎれば夏本番となる。しかし天体運行的には、太陽の季節は夏至をピークにすでに衰退へと向かっている。万物は流転し、盛者も必ず滅びる。虚しいものだが、虚しいからこそこの世は生きるに値するのかもしれない。




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2013年06月02日

帳消し

この週末は、法事で三重の実家に帰郷していた。
この間、良いことと悪いことが一つずつあって、悪いことは、往きの電車の中に電子ブックを置き忘れてしまったこと。良いことは、裏庭のグミが私の帰るのを待っていたように完熟となり、念願のグミジャムを作ったこと。
結局、電子ブックは伊勢駅に届けられていることが判明したので、悪いことは帳消しとなった今回の帰郷であった。

以下は、帰郷時の写真。つらつら駄文を並べるより、これらを見てもらったほうが雰囲気が伝わると思う次第。

ぐみ
これでジャムを作った。不思議な味である。

ユスラウメ
一足早く姪がユスラウメでジャムを作っていた。

いちじく
裏庭の果実たち。その1 いちじく

渋柿
その2 渋柿。秋に送ってもらって干し柿にする予定。

猿梨
その3 猿梨。キウイの原種らしい。

モモ
その4 モモ。収穫できるかどうかは微妙。

土蛙
生き物編。その1 田んぼの蛙。昔に比べたら生き物が激減した。

ノラ
その2 家に居着いたノラ猫。もう一匹のノラは2〜3日前に出産して、姪が面倒を見ていた。

あくび
その3 代替わりした老猫。




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2013年05月25日

春のうららの

隅田川にはたくさんの橋が架かっている。正確な数はわからないが、たぶん20や30はあるのではなかろうか。しかし、その多くは明治以降に架けられたもので、江戸時代からあるのは、上流から順に、千住大橋、吾妻橋、両国橋、新大橋、永代橋の5つだけである。私はてっきり言問橋や駒形橋、清洲橋も江戸時代からあるものとばかり思っていたが、そうではないらしい。

私の住まいから近いのは新大橋である。とある休日、自転車に乗って橋まで出かけてみた。東京のどこにでもある雑然とした街並を通って大きな橋の中ほどまでくると、いきなり広い空と滔々とした水の流れが目の前に現れた。都会の真ん中で、こんな絶景はそうそう拝めるものではない。橋を渡り切ると、そこはもう日本橋である。

隅田川テラス
奥に見えるのが下流の清洲橋

新大橋
新大橋。橋を渡れば日本橋(左方向)

自転車を乗り捨て、川に沿って伸びる遊歩道に降りてみる。ここは「隅田川テラス」と呼ばれていて、川に沿って延々と散歩コースが続いている。土曜の昼下がりだというのに、人をあまり見かけない。みんな行楽地や人気スポットに出かけているのだろう。
ちなみに、このあたりは松尾芭蕉の庵があったとされるところで、下流の清洲橋にかけて、川沿いに芭蕉ゆかりの史跡が点在している。ふと足許を見ると、こんな句碑があった。さすが芭蕉のお膝元である。

句碑

ここは隅田川の最下流に位置し、あと1キロも下れば東京湾である。そのため、風には磯の匂いがかすかに含まれている。季節は新緑薫る初夏。広大な天と地の間に挟まれて、思わず深呼吸をせずにはいられない。この隅田川の春景色を、かの瀧廉太郎は次のように描写している。

春のうららの隅田川 のぼりくだりの舟人が

櫂のしずくも花と散る 眺めを何に喩うべき



見ずやあけぼの露浴びて われにもの言う桜木を

見ずや夕ぐれ手をのべて われさしまねく青柳を



錦織りなす長堤に 暮るればのぼるおぼろ月

げに一刻も千金の 眺めを何に喩うべき


今ではもちろんこんな風景を目にすることはできない。周囲を見回せば、目に入るのはコンクリートでがっちり固められた護岸壁ばかりである。しかし、フェンスにもたれて川の流れに目をやれば、水面が陽光にキラキラと輝き、往事の名残を感じさせてくれる。そうやって何も考えず、空を見上げながら「は〜るの〜うらぁらぁの〜」と小声で口ずさむ。それがここでは一番ふさわしい過ごし方であろう。

芭蕉が弟子の曾良を供に江戸を立って東北に向かったのは、1689年、45歳のとき。瀧廉太郎が「花」を作詞したのは21歳のときである。その事実に、以前なら何か急き立てられるような気持ちになったものだが、今は心が波立つことはない。それが良いことかどうかはわからないけれど。



ダービー予想
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2013年05月11日

DNA

熱帯魚を飼うことになって1週間が経つ。しかし、依然として私の心は逡巡を繰り返している。
私が本当に飼いたいのは、清流に棲む淡水魚である。急流を飛ぶように泳ぐ虹色のオイカワ、水中でナイフのように身を翻す若鮎、川底を這い回る貪欲なヨシノボリ……。幼少の頃、夏休みの終わりとともに別れたきり、何十年も会っていない旧友であり、幼なじみたちである。しかし、彼らに心地良く過ごしてもらうためには、清流と同じ環境の棲み家を用意しなければならない。たった60センチの水槽しか置けない我が家では、到底叶わぬ夢である。

じゃあ、オイカワや若鮎の代わりに小型の淡水魚、例えばメダカやタナゴなどを飼えばいいではないか。それはそうなのだが、メダカを見るたびにオイカワへの思慕が余計募ってしまいそうである。先日亡くなったバタヤンこと田端義夫が『かえり船』で絶唱したあの気持ち、と言えばわかってもらえるだろうか。

♪捨てた〜未ぃ練が〜未練となぁって〜

それで仕方なく、熱帯魚を飼うことにしたのである。好きな女への未練を断ち切るために、タイプの違う女に溺れるようなものである。熱帯魚にはかわいそうだが、人の心は簡単には変えられない。しかし、愛のない女も、長く一緒にいると情が移る。これもまた人の心である。(私はいったい何を言っているのでありましょうか)

考えてみれば、熱帯魚も、東南アジアや南米の小川で子供たちと遊び戯れた経験を持つ魚たちである。たとえ養殖されたものだとしても、体に刻み込まれたDNAにはその思い出が封じ込められているはずだ。そう思うと、彼らもまた私の大切な幼なじみと言えるのかもしれない。

コリドラス
コリドラス。底砂の掃除用に買い入れたが、とぼけた顔が愛らしい。

バジス
今日届いたバジス・バジス。予想していたより地味な色だなぁ。このへんが通販の限界か。ただ、この魚は興奮すると体色が変わることから「カメレオンフィッシュ」とも言われる。私が近づくと恥じらってポッと赤くなる……なんてことはないよなぁ。

エビ
ヤマトヌマエビ。地味な体色だが、こうやって見ると結構きれい。

コリドラス2
これもコリドラス。雨の中、熱帯魚店に出かけて水草と一緒に購入してきた。

水槽2
水草を入れたら、そこそこ水槽らしくなってきた。

プリステラ
コリドラスもバジスバジスも地味〜な魚なので、日曜にプリステラを5匹追加した。




ヴィクトリアマイル予想
posted by ギャンブラー at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月05日

軽挙妄動

つい先週まで、そんな気はまったくなかった。もうあんな面倒くさいことは勘弁、と思っていたのである。ところが昨日、amazonから届いたのはこれこれこれ。なんということか、7年前にやめた熱帯魚を、再び飼い始めることになってしまった。飼うことに「した」というより「なってしまった」という表現のほうがしっくりくるのだから、未だに自分のことか? と半信半疑である。

私をそそのかしたのは、東京に出てきている姪である。これが大のつく生き物好きで、彼女のワンルームマンションには小さい水槽がいくつもあって、その中ではショーベタが優雅に泳いでいる。ゴールデンウィークの前半にも、浜松町で行われた熱帯魚の展示即売会に付き合わされたばかりである。そのとき、「おじさんも熱帯魚をまた飼ったら? 癒されるよ〜」と熱心に勧められた。もちろん私の答えは「ノー」。熱帯魚そのものは嫌いではないが、水換えやら水草の管理やらが結構面倒なのである。

それにもかかわらず、気がついたらネットショッピングでいくつも備品を注文していたのだから、人生一寸先は闇である。しかも昨日は、近くのホームセンターに出かけて、天板用のアクリル板、底砂、水質改善剤をいそいそと買い込んできた。以前から薄々感じていたことだが、どうやら私には軽挙妄動の傾向があるらしい。心変わりの理由を分析してみると、次のようになる。

・一度、上部フィルターではなく外部フィルターを試してみたかった。
・それによって、あわよくば水草水槽にチャレンジしたかった。
・水槽照明の分野でも蛍光灯からLEDに変わりつつあり、興味があった。

上の2つについては何のことかわからない人が多いだろうから説明が必要だが、長くなるので省略する。LED照明については、白・青・赤の3色に切り替えることができ、しかも長寿命で低電力、かつほとんど発熱しないという優れものである。いずれにしても、姪の「癒されるよ〜」という囁きが深層心理に刷り込まれ、ネットで水槽や熱帯魚を見ているうちについフラフラと「その気」になってしまったようでなのである。

水槽

写真は水を入れたばかりの水槽で、これから数日放置して熱帯魚に合った水にしなければならない。しかし、私は軽薄であると同時にとてもせっかちな性格なので、明日あたり、流木と熱帯魚を買いに走っているかもしれない。「ダメだ」と警告する理性に反して心が勝手に先走りするのは、なんだか若き日の恋愛のようである。鬱陶しいけれど、ちょっと楽しい。






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2013年04月28日

日当たりの悪いわがベランダにも春が来て、昨日、バジルの種まきをした。
先週末、自家製のバジルペーストをよくあげる若手女子のマユちゃんとの間で

「ギャンブラーさん、バジルソースはまだですか?」
「あのねえ、バジルは夏のものなの! 明日種をまくから、あと2ヵ月待ちなよ」
「え〜、そんなにぃ」

という会話があっての種まきである。最近のスーパーでは、真冬にキュウリやナス、ピーマン、さらにはスイカまでが普通に売られているものだから、若いもんは「旬」というものを知らない。嘆かわしいことである。

旬と言えば、ベランダから見える八重桜も散り、葉桜の季節になった。これはこれで美しいなと思っていたら、先日ある人に「八重桜の写真をアップしますから、楽しみにしていて下さい」とこのブログで書いたことを思い出した。季節外れではあるが、その約束をいま果たすことにする。

八重桜



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2013年04月07日

最新型

以前から、ダイニングキッチンの蛍光灯がときどきチラチラして気になっていた。カバーを外して調べてみると、どうも原因は蛍光管のせいではなさそうである。金曜の夜も食卓で馬券検討していたら、突然チラチラが始まった。ただでさえ競馬新聞の細かい文字を凝視するのは辛いのに、これではどうにもならない。しかもここ2週間ほど馬券は外れてばかりで、イライラが募っている。普段は温厚な私もついに堪忍袋の緒が切れてしまった。

で、どうしたかというと、その場でパソコンを立ち上げ、amazonでLEDシーリングライトを注文したのである。電球はともかく、シーリングライトとなるとLEDはまだまだ高価で、しかも蛍光灯に比べて暗いという先入観があったのだが、値段に関してはかなりこなれてきたようだ。
いろいろ検討した結果、この商品にした。決め手は「シンプル」。調光・調色や留守番タイマー、オフタイマーなどのガラパゴス機能は一切不要。わざわざ食卓を暗くしたり暖色にする趣味はないし、帰宅したとき灯りがついていたほうが淋しくなくていい、などという軟弱なことは言わない。スイッチを入れれば一定以上の明るさを提供してくれ、スイッチを切れば四の五の言わずに消える。それで十分であって、機能がシンプルな分、値段が安ければそれに越したことはない。ただし、暗いと困るので、念のため実際の部屋の広さより1段階上のものを注文した。

日曜の午前中に商品が届いたので、さっそく蛍光灯の器具を取り外し、LEDを取り付けた。作業は10分ほどで終わった。シンプル機能とはいえ、光度はリモコンで切り替えられるようになっている。また、常夜灯機能もついている。これくらいは許してやろうではないか。
肝心の光度はというと、70ワットの蛍光灯より明るく、まったく申し分がない。もちろん、チラチラ感も一切ない。これで消費電力は55ワット。明るさを押さえれば29ワット、最低レベルにすれば12Wだそうである。また、明るさを自分好みに微調整することも可能である。設計寿命は40,000時間で、1日8時間点灯したとしても13年以上もつ計算である。この間、蛍光灯のように蛍光管を新品に取り替える必要はない。消費電力が少ない上、熱も発生せず、メンテナンス費はゼロ。こんなことならもっと早く取り替えるんだったと後悔したほどである。

LED

唯一の誤算は、いくら電灯を最先端のものに切り替えても、馬券は依然として外れ続けていることである。このボンクラ頭を最新型に取り替える術はないものだろうか。




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2013年04月05日

好き? 嫌い?

本当のことを言うと、私は世間が騒ぐほど桜という花が好きではない。嫌い、と言ってしまうと語弊があるけれども、花見をしないことには春が来た気がしない、などという御仁がいたら、心の中で「ご苦労様」とつぶやいてチロッと舌を出す。まして、全国的に有名な桜の名木をわざわざ地方に見に行くのが趣味などという酔狂な人とは友だちになれないだろう。

桜の花はきれいである。確かにそれは認める。しかし、人々が言う「きれい」の中には「はかない花」という甘ったるい感傷が多分に紛れ込んでいて、桜を見ながらうっとりしている人を見ると、なんだかおセンチな少女マンガを見ているようで、こちらが恥ずかしくなってしまう。「アンタは、桜の花が好きなのか、散りゆく桜の花を見ている自分が好きなのか」と聞いてみたくなるのである。

そういう観念的なこととは別に、花見には人が多すぎるという現実的な問題がある。私が勤めている会社から近い靖国神社や千鳥ヶ淵など桜の名所と言われるところは、桜の花びらより人の数のほうが多いのではないかと思うほど人でごった返している。「隠れた桜の名所」というのも油断がならない。それ自体がブランド化していて、多少はゆったり花見ができるだろうと期待して出かけてみても、人の多さに辟易するだけである。行き交う人と肩をぶつけ合いながら行う花見など、ストレスでしかない。

私が小さい頃、郷里には花見という習慣がなかった。少なくとも私の家ではしなかったし、近所で花見をしている家などなかったように思う。山中に自生している山桜を除いて、そもそも桜の木というものが周囲にほとんどなかった。自然を愛でるなどという風流は、常にうるさいほどの自然に囲まれて暮らしている田舎の人には縁がないものだった。それが東京はどうだろう。もう至る所に桜の木が植わっている。それもほとんどが馬鹿の一つ覚えのようにソメイヨシノ。いつでも、どこにいても同じ姿見の桜が見えるという環境では、ありがた味も薄れようというものである。

先日ラジオを聞いていたら、「最近、桜の花びらが白っぽくなった」と感じる人は、加齢のせいで実際の色より白く見えているのだとお天気キャスターの森田さんが言っていた。実は私もそう感じていたものだから、ちょっとショックだった。私が桜の花にそれほど魅力を感じなくなったのは、実はピンク色が色褪せて見えるせいだったのかもしれない。そう思ってもう一度じっくり桜の花を見ようとするのだが、すでに花見の季節は過ぎ去っている。
桜は、やはり思わせぶりな花である。



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posted by ギャンブラー at 00:21| Comment(4) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月09日

使者

最初に断っておくが、私には霊感などというものは一切ない。また、霊感が強いという人や、それを売り物にして占いまがいのことをしている芸能人にもまったく興味がない。とはいえ、霊界とかあの世とか、超自然現象とかの類いを一切信じないというわけでもない。以前の私はそんなものは非科学的だとバカにしていたが、29歳の時にある経験をしてから、まんざらあり得ない話でもないかなと、認識を改めたのである。

そしてつい最近、再び同じような経験をした。
そのことを話す前に、29歳の時の出来事を簡単に説明しておきたい。当時の私は、今ほど食べることに関して興味がなく、朝メシ抜きは当然として、昼メシは毎日立ち食いそば、夜もラーメンと餃子というような食生活を送っていた。その結果、ただでさえ細身の体がさらにやせ細り、頬がこけた青白い顔のまま、会社勤めをしていた。そんな生活がいつまでも続くはずがなく、体力はどんどん落ちていった。そしてある日の深夜、ふと目覚めると、枕元に見知らぬ中年男があちら向きにうずくまり、さらに頭の上をイタチのような小動物が飛び交っていた。その時の頬をかすめる小動物の毛先と空気の動きを、今でもリアルに思い出すことができる。最初は何が起こっているのかわからなかったが、尋常ではない雰囲気に全身が総毛立ち、起き上がろうとした途端、私の体は金縛りにあった。ようやく体を動かせるようになったのは、それから10分か15分ほどしてからである。ホッとして周囲を見回すと、室内はいつもと変わらない。もちろん中年男も小動物もいない。
そんなことが連夜にわたって続いた後、とうとう私は大病を発病し、長期入院してしまった。

あれから30年、再びあの小動物が私の前に現れたのである。
胆石の手術を終えて退院した二日目の深夜3時過ぎ。突如、背中が膨れ上がったような気がして目が覚めた。痛みや不快感はまったくないが、背中に何か重いものが取りついたように感じられたのだ。最初に思ったのは、「誰かがオレの体に乗っている」ということだった。この時間、この場所でそんなことをするのは賊以外にはいない。私に惚れた女が忍び込んできたのかも……なんてことは一瞬たりとも思い浮かばなかった。
賊だとしたら、このまま無抵抗でやられっぱなしという選択肢はない。しかし、その時の私は病み上がりで3歳の子供にも負けそうなほど体力が落ちていた。とっさに「このままじっとしてやり過ごそう」と考えた。そうすると冷静さが戻り、事態の奇妙さが明らかになってきた。もし賊なら金品を家捜しするはずだが、その気配がない。私に危害を加えるのが目的だとしても、ただのしかかっているだけである。第一、マンションの玄関ドアにはチェーンがかかっているし、ベランダのサッシにも鍵がかかっている。それほど簡単に侵入できないはずである。
事ここに至って、「何かがおかしい」という別の恐怖が私を襲った。しかし、衰弱した今の自分には何もできない。やはり無抵抗でやり過ごすしかないと思って静かに横になっていた。それから3分だか5分だかが過ぎた頃、突然何かが私の口に入って来ようとした。あるいは、何かが口から出て行ったのかもしれない。思わず口を固く閉じると、一匹のイタチのような小動物がスルスルと私から離れていき、こちらをじっと見つめたあと、暗闇に消えてしまった。「あいつだ!」と思って手を伸ばそうとしたが、金縛りで私の体はピクリとも動かない。あの時とそっくりである。体に自由が戻ったとき、当然ながら背中には何の異変もなかった。その日をきっかけに、私の体調は急速に回復し、2週間後には仕事に完全復帰した。

どうやら、生命の危機に直面したとき、あの小動物は姿を現すらしい。それが死神の分身なのか、先祖が警告のために使わした使者なのか、私にはわからない。あとで思い返してみると、それほど邪悪な雰囲気は身にまとっていなかったから、後者なのかもしれない。どちらにせよ二度と会いたくはないが、もし現れたら、今度こそこの手で捕まえてやろうと思っている。




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2013年02月17日

常識は非常識

医学が日々進歩しているとは聞いていたが、それにつれて、これまで常識と思い込んでいたことが最近では非常識になっていることを今回の入院・手術で実感した。そのいくつかを紹介してみたい。

■剃毛
手術といえば剃毛である。手術日の前日、うら若き看護師がシャボンとカミソリを手に静々と病室に入ってきて、「ギャンブラーさん、毛を剃らせて下さい」と言うものと思い込んでいた。しかし実際は、そんな気配はまったくなく、私はちょっとがっかりした。若い娘に毛を剃ってもらうことなど、人生においてそうそうあることではない。その機会が消えてしまったのである。「何を馬鹿なことを言ってるの」と呆れている女性読者の顔が思い浮かぶが、男なんていくつになってもそんなものです、ハイ。
手術の後で看護師に聞いたところ、最近は剃毛はしないのだという。カミソリを当てると、肌に目に見えない傷が無数にできて、かえってその傷から感染症を起こす危険性があるからとのこと。毛を剃るのは、よほど毛深い人に限られているそうである。

■傷は消毒しない
傷はよく洗ったのち消毒してしっかり包帯を巻き、毎日取り替えるというのが私の常識であった。私の手術でできた傷口も、摘出した胆嚢が触れた関係で化膿し、膿が出続けていた。しかし、看護師は傷口にガーゼを当てて軽くテープで止めるだけである。「消毒しないの?」と聞いたら、傷は消毒せず、通気性を良くして清潔を保つのが一番治りが早いのだそうである。シャワーを許されたときも、傷口にお湯を当てて洗って下さいと言われただけで、別段消毒もしなかった。

■腹腔鏡手術
今や手術の多くが腹腔鏡によって行われている。腹腔鏡手術とは、お腹に4つの孔をあけ、そこから機械を入れて、マジックハンドのように切ったり貼ったりする手術法である。
具体的には、まず、お臍のすぐ脇の切れ目から内視鏡(カメラ)を入れ、内臓に光を当てて患部を観察する。その上で、患部の近くにそれぞれ1センチほどの切れ目を3つ入れ、そこから専用の電気メスや鉗子などを入れて、モニターを見ながら手術を行う。この間、手術しやすいようにお腹にガスを注入し、妊婦のようにパンパンに膨らますそうである。摘出した臓器はお臍の切り口から取り出すので、場合によっては4センチほど切り開く必要がある。
私が行った手術の正式名は、「腹腔鏡下胆嚢摘出術」で、約20年前に始まり、現在では完全にスタンダードとなっている。この手術法は開腹手術に比べて体への負担が少なく、術後1週間で退院できる。炎症がひどく、とても1週間では退院できないだろうと思っていた私の場合も、通常より1日遅れただけで退院し、手術して半月ほどしか経っていないのに、すでに傷口はあまり目立たなくなっている。まったく傷が痛まないと言えば嘘になるが、お腹を切り開くことを考えると、どちらが良いかは自明であろう。
ただ、私の場合、胆嚢が肝臓と癒着していたため手術が難しく、腹腔鏡からそのまま開腹手術に移行する可能性が高いと宣告されていた。私も覚悟を決めていたが、執刀医の腕が良かったのか、幸い腹腔鏡で済ますことができた。

ま、死ぬまでに一度も入院や手術をしないに越したことはないが、そういう人は極めて稀だろう。私の経験が、何かの参考になれば幸いである。





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posted by ギャンブラー at 10:54| Comment(4) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月10日

珠玉

私の好きな作家・開高健の遺作に、『珠玉』という名作がある。青い海の色をしたアクアマリン、赤い血の色をしたガーネット、乳白色の月の色ムーン・ストーン──これら三つの宝石に託して語られるさまざまな記憶と、その記憶の襞の奥に隠された人生の核を追い求めた短編集である。
凡人の私には、名文という刃を駆使して、原石を慎重かつ大胆にカットしながら人生の一面を鮮やかに提示する、というような真似は金輪際できない。できはしないが、しかし、自らの意図とは関係なく、一見したところ宝石の原石らしきものを自らの体を通じてつくり上げてしまったらしい。これは比喩ではなく、書いた通りの意味である。

見たところは、ガーネットかサファイアの原石のようである。しかし、それらの宝石が深紅の中にも鮮やかな血の赤をとどめているのに対して、私の体がつくり出したものは、静脈の中を流れる血液の、沈鬱な黒に近い紅色をしている。1センチから1.5センチの大きさのものが3個。石のように固く、形は四角に近い。これが、私の、慢性的な炎症によって機能をほとんど停止していた胆嚢から出てきたのである。
その写真をアップしても良いのだが、いささかグロテスクであり、気分を悪くされる人がいないとも限らない。また、そんなものを見せびらかすような趣味もない。とはいえ具体的にイメージしづらいだろうから、かなり似たものをあげるとすると、赤黒いのど飴を思い浮かべていただけると、かなり近いかもしれない。

「栄太郎飴そっくりの胆石が3つも出てきたよ」

手術直後の私の病室を訪れた年配の外科部長は、そう言って笑った。そのとき私は栄太郎飴がどのような大きさと形をしているのかよくわからなかったが、退院後、自宅のパソコンで画像検索したところ、外科部長の的確な比喩に感心してしまった。

どのようにしてこんなものが体内で形成されたのか、今も不思議でならない。主治医に聞いたところ、成分はコレステロールらしい。私はどちらかというとコレステロール値は低いほうだが、それとこれとは別という回答である。
また、若い頃はともかく、ここ10年か15年ほど、暴飲暴食や偏った食生活とは無縁の生活を送っている。特に急性膵炎を発症した2年半前からこちら、アルコールは1滴も飲んでいない。それなのに、我が胆嚢ではひっそりと原石の核ができ、何年もかけて徐々に大きさを増していったらしい。たいして大きくない胆嚢にこんな石が3個も入っていては、炎症が起きるのは当然のことである。かくして今年1月中旬、腹部の違和感と痛みが増し、その時はもう一刻も早く胆嚢を摘出するしか手は残されていなかったのである。

こうして私の手許には、3個の石が残された。これをもとに私も気の利いた短編でも書ければいいのだが、最初の1行すら思い浮かばない。まだ痛む腹に手をやりながら、罪深そうな色をした原石をじっと見つめるばかりである。




posted by ギャンブラー at 21:16| Comment(8) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月09日

蹉跌

皆様、お久しぶりです。
今年の冒頭、「空を見る」と新年の抱負を書いたのだが、ぼうっと空を見ていたら足許の石につまずいて、とんでもないことになってしまった。仕事始めの週の終わり頃から身体に変調を来たし、あれよあれよという間に悪化して22日に緊急入院し手術を受けたのである。病名は胆嚢炎である。先日退院したものの、まだ体調は最低レベルで、今は傷口をいたわりながら自宅で養生に努めている。詳しい顛末は近いうちに。
とりあえずお知らせまで。




posted by ギャンブラー at 11:04| Comment(4) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月02日

空を見る

今年もまた、自宅で一人静かに新しい年を迎えた。よく人から、「年末年始にずっと一人なんて、淋しくないですか」と聞かれるが、強がりでもなんでもなく、淋しいという感情は心のどこを探しても、ない。おそらくあまりに一人暮らしが長いものだから、自分以外の人間と常に膝を接している息苦しさへの忌避感が強く、一人でいるほうが心休まる性格になってしまったのだと思われる。

とはいえ、一人だと退屈ではある。淋しさと退屈はまったく異なる概念であるが、そんなことを力説していること自体、退屈を持て余している証拠である。
家の中で退屈を解消するには、テレビを見るか、ラジオを聞くか、音楽を聞くか、本を読むか、ネットを見るしかない。そのどれにも、今の私はあまり魅力を感じることができない。考え事をするという手もあるが、最近集中力が目に見えて落ちてきて、長時間にわたってじっくり物事を考えることができない。ということで、今、パソコンの前に座ってこのような駄文を書いている次第である。

物事を突き詰めて考える根気がなくなったとはいえ、少しは余力も残っている。そこで、退屈しのぎに今年の目標を二つばかり立ててみた。

1. 空を見る
なんだそりゃ、と思われるかもしれないが、皆さん、最近空をしみじみと見上げたことはありますか? 私はここ10年ばかり、流れゆく雲を眺めたり、ゆっくりと名月を愛でたりしたことがほとんどない。これは由々しき問題であると最近気づいたのである。
生きている限り、自分の思い通りにならないことや理不尽なこと、心苦しいことはいくらでもある。一つ片付いたと思ったら、すぐまた次の心配事が待ち構えているのが人生というものだ。そんな時、一息ついて空を見上げてみる。この動作一つで、不思議と心が少し軽くなる。
そんなことを思って周囲を見回すと、街行く人も、電車の中でも、老若男女のことごとくが下を向いている。特に携帯電話やスマートフォンが一般的になってからは、その傾向が顕著になった。これじゃ景気も悪くなるはずだ。昨年末、麻生大臣がNHKの報道番組に出演して、キャスターの質問に答えていた。その内容は首を傾げるものばかりだったが、ただ一つ、彼はいいことを言った。

あのバブル華やかな頃でも、日本の企業経営者は年頭の挨拶で、「我が社を取り巻く環境は厳しい」と言っていた。私も経営者だったからそう言いたくなる気持ちはわからなくもないが、景気がいいのにそんなことを言ったら、アメリカじゃ総スカンを食いますよ。
……とにかく日本人は物事を悲観的に考えすぎる。景気も病気も「気」が大切なんです。物事を悪いほうにばかり考えないで、もう少し前向きに考えたらどうか。


こんな趣旨だったと思う。日本の現状を見ると、大臣として能天気すぎるという批判はあるだろうが、彼の言うことにも一理あると私は思う。根がシリアスな日本人ゆえ、心配事があるとき、苦境に陥っているときに空元気を装っても、さらに心が苦しくなるばかりだが、上を向いて空を見るだけなら簡単にできる。ありがたいことに、空はいつでも私たちの頭上にあるのだから。

2. 若者と話す
平均年齢が高い私の会社にも、若い社員が何人かいる。また、毎日のように若手の営業マン、営業ウーマンが会社に私を訪ねてくる。昔は、自分より若い連中など眼中になかった。学ぶべきものが少ない彼らより、経験豊富な年長者と接するほうが、反面教師という意味においても参考になると思っていた。
それが変わってきたのはここ2〜3年のことだ。気がつくと、若い人と会って話すのが好きになっていた。真面目で素直な子だけでなく、少々癖があって、私に食ってかかるようなヤツも、なぜか可愛いと思うようになった。
総じて今の若い連中は、私が若い頃と比べると、大人でしっかりとした考えを持っている。幾分斜に構えている面もあるが、それは一種の含羞だと思われる。そんな彼らを褒めたり、説教したり、時にはからかったりしながら仕事をしていると、自分の心が少しだけ軽くなり、若返るような気がする。そして、社員であるとないとにかかわらず、彼らがこれから少しでも幸せになればいいと願っている自分に気がつく。「仏のギャンブラー」と言われるほど歳はとっていないが、今年も若い連中と共に歩いていきたいと思っている。




posted by ギャンブラー at 00:04| Comment(4) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする