2016年12月11日

干し肉三昧


東京は乾燥注意報が出るほどカラカラ天気である。湿気嫌いの私は、こういう日が1年中続かないものかと思う。まして加湿器でわざわざ部屋を湿っぽくしてカビの温床にするなんて、信じられない。喉や肌の乾燥を防ぐためということらしいが、あまり体を過保護にしていると、かえって抵抗力がなくなるのではなかろうか。ま、余計なお世話ではあるけれども。

気温が低く乾燥した日が続くと、干し肉づくりに精を出すのが恒例となっている。ビーフジャーキーは2日ほどでできるし、うまいし、安上がりだから、年末年始のお酒のアテとしてお勧めだ。特にワインにぴったりだろう。
それだけでは芸がないので、鶏の手羽元とササミも干してみた。ビーフジャーキーより時間はかかるが、こちらもなかなかの仕上がり。ただ、かなり硬いので、むしゃむしゃ食べるというわけにはいかない。ナイフで削りながら食べるのが、野趣があってよろしいのではなかろうか。

次は何を干そうかと考えながら、年の瀬を過ごすのもまた一興である。


干し肉.jpg


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2016年11月27日

忙しい


日曜は結構忙しい。掃除洗濯は土曜にだいたい済ませてしまうが、日曜は数日間の料理をつくり置きすることにしているからだ。平日の夜、帰宅してから料理を始めるのは億劫だし、食事の時間も遅くなる。ある程度つくり置きしておけば、電子レンジで温めるだけですぐ食べられるから都合がいい。

今凝っているのは、トマト風味のスープカレー。ニンニク、ショウガのみじん切りとスライスしたタマネギを炒め、鶏肉も入れてさらに炒める。そこに缶詰のカットトマトと水煮のいんげん豆を加えて煮込む。最後に塩小さじ1と粉末のカレー粉を少し多めに入れれば出来上がり。じゃが芋を加えることもあるが、糖質制限を続けているため、あくまで例外措置である。

スープカレーに飽きると、牛モツや牛スジの煮込み料理もつくる。大根、人参、こんにゃくと一緒に煮込むだけだ。味つけは塩のみ。多少時間はかかるが、寒い夜に食べると、つくづくうまい。

ローストポークもよくつくる。前日、肩ロース肉の塊に小さじ1の塩をまぶし、キッチンペーパーにくるんで一晩冷蔵庫に入れておく。翌日、それにコショウやニンニクの摺りおろしなどをまぶして130℃のオープンで1時間焼き、あとはアルミ箔でくるんで粗熱をとれば出来上がり。これはうまい。

カブの浅漬けもこの時期の定番料理だ。カブの皮をむいて拍子切りにし、葉はざく切りにする。これに塩小さじ1〜2をまぶして軽く揉み、鷹の爪、昆布一切れと一緒に簡易浅漬け器に入れて冷蔵庫で保管する。2日目以降が食べ頃だ。

これらの料理に人工の添加物は一切入っていないし、砂糖も入っていない。特に漬け物はシンプルでおいしく、市販の甘ったるくて添加物まみれの漬け物など食べられたものではない。

今日は、牛モモ肉を買ってきて、ビーフジャーキーでもつくろうかと思っている。寒くて乾燥するこの時期は、干し肉づくりに絶好なのである。そういえば、1ヵ月ほど前に仕込んだ干し柿がそろそろ出来上がる頃だ。ああ忙しい。


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2016年09月18日

肉食の日々

ミートローフ.jpg

ローストポークやローストチキンばかりでは芸がないので、この週末、こんなものをつくってみた。ミートローフである。
レシピ通りつくったので見た目はそれなりに仕上がったが、味はまだ工夫の余地がありそうだ。グレービーソースでもつくればいいのだろうが、私は肉にソースをつけるのが嫌いで、塩コショウだけで肉本来の味を楽しみたいタイプなのである。

今も夕食と朝食に糖質制限食を取り入れているが、やってみてわかったことがある。それは、糖質制限を続けようと思ったら、肉をいかにバラエティに富んだ調理法で食べるかがポイントになるということだ。「そんな肉食ばかりしていて、かえって体に悪くないか」と思う人もいるだろうが、私が食べる肉の量なんて、1日せいぜい200g〜300g。欧米人に比べれば微々たるものだ。
さて、次は何をつくろうかな。



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2016年09月11日

夏の終わりに


仕事であわただしい日々をやり過ごしているうち、夏も終わってしまった。今夏は1日も夏休みを取る余裕がなかった……というのは嘘で、正確には、夏休みを取る意志などなかったのだ。実際問題として、蒸し暑い夏に休みを取っても、行きたいところはないし、やりたいこともない。なら、お盆休みも会社に行って、冷房の効いた部屋で仕事をしていたほうがいい。客の多くは夏休みをとっているから面倒な電話もかかってこないし、ゆったりとした気持ちでいられるから仕事もはかどる。実に合理的である。

もちろん土日は原則として仕事は休むから、働きすぎということはない。そのかわり、休日は実に退屈である。競馬も、あまりに当たらないので夏は放牧休養中だ。暇にあかせてやることといったら、料理くらいしかない。

最近凝っているのが「ローストポーク」。ローストビーフはこれまで数え切れないくらい焼いたが、ポークはビーフより味が落ちるという先入観のため、つくったことがなかった。しかるに、これが旨い。なぜもっと早くつくらなかったのだろうと後悔するほど美味である。

肩ロースの塊肉を買ってきて、小さじ1の塩を手で擦り込んでキッチンペーパーで包み、冷蔵庫で一晩寝かす。あとは擂りおろしたニンニク、コショウ、セージなどのハーブをまぶし、130度のオーブンで約1時間焼く。それをアルミホイルに包んで粗熱をとったら完成だ。簡単この上ない料理である。

週末につくり置きしておけば、3〜4日はもつ。夕食に糖質制限を続けている身としては、野菜を添えるだけで主食になるから、実に使い勝手がよい。これに、やはり週末につくり置いたチリコンカンかラタトゥイユを添えれば、見栄えのするディナーとなる。

ローストポーク.jpg

満腹したら、あとは本でも読むしかない。今手にしているのは『侠飯(おとこめし)』。ごく普通の食材を使っているのに実にうまそうな料理に惹き付けられる。

歳をとって、ますます食い意地が張ってきた自らを持て余す晩夏の宵……。幸せ、だよな。

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2016年05月14日

手慰み

ソーセージ.jpg

休日の手慰みに、こんなものをつくってみた。手づくりソーセージである。
私はソーセージが大の好物で、弁当にも必ず入れている。それならいっそ自分でつくってしまえ、と思ったのである。ただし、本来のソーセージは羊腸に詰めた上で燻製にするから、これは厳密にいうとソーセージになる前の具のようなものである。休日クッキングではそれで十分だし、第一、保存料も発色剤も入っていないから安心して食べられる。

まず豚挽肉を数百グラム買ってくる。それにニンニクのすりおろし、塩小さじ1杯、コショウ、セージやオレガノ、タイムなどの乾燥ハーブを入れ、フードプロセッサーで細挽きにする。手でこねてもいいが、それだとかなりゴツゴツとした舌触りとなる。あいにくハーブの買い置きがなかったので、手許にあったクミン、チリパウダー、シナモンで代替した。このあたりは適当である。私の工夫は、これに乾燥トマトのみじん切りを加えたことである。
フードプロセッサーから取り出した肉を棒状にし、フライパンで表面を軽く炒める。それを耐熱皿に入れ、オーブン(トースター)で10分ほど加熱したら、ソーセージもどきの出来上がりだ。

見た目は無骨だが、味は思わず唸るほど旨い。冷蔵庫に保存すれば1週間ほど保つから、つくり置きもできる。次は、乾燥トマト以外に何を入れようか。チーズではありきたりだし、トリュフでは凝りすぎか。しばらくはいろいろなバージョンのソーセージが無聊を慰めてくれそうである。


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2015年11月21日

秋の収穫

これほど雨の降る秋も珍しい。それまでの酷暑が一転して、お盆明けから突如天候が不順になり、それが今も続いている。そろそろ本格的な冬支度をしなければならない時期なのに、さっぱり寒くならないし、週末になると計ったように雨が降る。お天道様のことだから致し方ないが、私のように乾燥する季節に干し物をつくりたい者にとっては、とんだ計算違いである。

11月の初めに干し柿を吊るしたことは書いたが、最初の数日を除いて、ずっと雨に祟られた。老母に雨にだけは濡らすなと厳命されているので、雨天はベランダから部屋の中に取り込むしかない。そんな日が2日も3日も続くと、どうしてもカビが生えてくる。その兆候を見つけるとすぐアルコール消毒をしつつ、天気の日には外に干す。そんなことを20日近く続けて、ようやく干し柿が完成した。

途中、熟しすぎて吊るせなくなったものが3個。カビにやられる前に食したところ、これがうまい。糖度計で計ったら非常に高い数値を示すだろう。皮をむいて乾燥させるだけで、渋みが甘みに変わる不思議さ。結局、29個中26個が干し柿となり、3個は熟柿のまま腹に収まった。天候を考えると、歩留90%はかなり高いほうだろう。上品につくり込まれた商品とは比べくもない無骨さだが、試しに1個を食べてみると、干し柿特有の日向のような匂いとともに、やさしい甘みが口の中一杯に広がった。こりゃあうまいや。

干し柿完成.jpg

ちなみに実家でも干し柿をつくったが、やはり雨の日が多かったため、大半が黴びてしまって捨てざるを得なかったという。青菜の浅漬けをつくっても、どうしても実家から送られてくる漬け物の味にならないので悔しい思いをしていたが、今度ばかりは、してやったりの気持ちである。


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2015年05月17日

ピリリ


昨日スーパーに行ったら、山椒の実が売っていた。1パック350円也。私はこういう旬のものに弱い。佃煮にしようと思って買い物かごに入れた。

最初に山椒の実を1粒1粒、房からはずす。結構な手間だが、こういう単調な作業に面白みを感じなければ料理好きにはなれない。手を動かしながら、料理の手順や出来上がったときの味を想像する。こういう時間がいいのである。
5分ほど湯がいて冷水にとり、あとは数時間アク抜きをする。あまり長時間水につけると山椒の風味がなくなってしまう気がして、2時間ほどで引き上げてしまう。このへんはせっかちすぎていつも失敗するのだが、性分だから仕方がない。山椒を漬けた水からは爽やかな山の精のような匂いがして、いやが上にも期待は高まるのである。
水から引き上げ、しっかり水気をとったら、あとは酒、しょうゆ、少量の水を入れて煮込み、仕上げにみりんを加える。煮詰まったら出来上がりである。1粒味見をすると、舌がピリっと痺れて、山椒の風味が口一杯に広がった。やはりもう少しアク抜きをしたほうがよかったかなと思ったが、これはこれでいい。温かいご飯の上に乗せれば、それだけで何杯もおかわりができそうである。

初夏の退屈な1日が、山椒の実だけでピリリと引き締まる。なんとも安上がりな人間である。

山椒.jpg



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2014年05月10日

新たな楽しみ


以前、私はコーヒーがあまり好きではなかった。飲んで飲めなくはないが、飲むとてきめんに胃が重くなった。特にブラックは禁物で、成り行き上、飲まなければならないときはカフェオレかラテの類いでごまかしていた。

そんな状況に変化が現れたのは、4年ほど前に急性膵炎を患ってからである。完治して退院したら、コーヒーを飲んでもあまり胃に堪えないことに気付いた。入院中、医師から「膵炎は胃潰瘍を併発することがある」と聞いた覚えがあり、確かに膵炎で入院するまで、ずっと胃の調子が悪かったことを覚えている。その憂いがなくなったことによりコーヒーを飲んでも平気になった、のかどうかはわからないが、最近では1日に何杯もコーヒーを飲むことが珍しくない。

となると、おいしいレギュラーコーヒーを飲みたくなるのが人間というものである。さらに、おいしいコーヒーを飲むためには自分の手で豆を挽くところから始めなければならない、と考えるのが私という人間である。もし焙煎機が手に入るなら、そこからやりたいのだが、さすがにそれは無理というものだ。

さっそく、手挽きミルとコーヒー専用のドリップポット、メジャーカップなどドリップコーヒーを淹れるための道具一式をネットで取り揃えた。サイフォンも考えたが、あまり実用的ではないし、ドリップでも十分おいしいコーヒーを淹れることができる。
豆もネットで注文した。というのも、私は酸味の強いコーヒーが好きなのだが、スーパーなどで売っている豆の種類は非常に限られている。その点ネットなら選り取りみどりだ。取り寄せたのは、モカ、グアテマラ、コロンビア、コスタリカの4種類。とりあえずは100gずつ買って、飲み比べてみることにしたのである。

休日の午前中、掃除洗濯を終えて一息ついたとき、豆をコリコリと挽き、沸騰したお湯をゆっくりと注いでコーヒーのエキスを抽出する。部屋に立ちこめる芳しい匂いに包まれながら、好みの味のコーヒーを喫するのは至福のひと時である。
この歳になって、こんな新たな楽しみを発見するとは、まだまだ人生捨てたものではない、かも。

コーヒー.jpg

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2014年04月06日

ほろ苦の春

つい先日まで、今年は桜の開花が遅れるだろうと思うほど冷たい大気が東京の街を覆っていたが、予想よりかなり早く開花宣言が発表されたと思う間もなく満開となった。しかし、花に嵐の喩え通り、強い風雨であわれ花びらは散り急いでしまった。この間、あれよあれよという間の出来事である。まことにこの世は有為転変が激しく、これでは人も瞬く間に老いていくはずである。

とはいうものの、新年度が始まったからといって、こちらは何の変化もない。新入社員が加わったせいか、いつもより混み合う通勤電車にいささかうんざりするのと、買い物に出かけたスーパーで値札がちゃっかり本体価格で表示されているのを見て、そのあざとい商魂に苦笑するくらいが変化といえば変化である。

そんな昨日、郡山で八百屋のブローカーのようなことをやっている旧友から甘夏が段ボール箱に一杯送られてきた。別に頼んだわけでもなく、しっかり請求書も入っているのだが、これくらいの厚かましさがむしろ心地良いほどの長い付き合いだから、黙って受け取ることにした。
それにしても、20個ほどの甘夏をどうしたものか。たいていの男の例に漏れず、酸っぱい柑橘類はあまり好きではない。1個か2個食べれば、もう十分である。結局、会社に持っていって女子社員に配るしかないなと思っていたのだが、ふとこれでジャムをつくろうと思い立った。

適当なものを数個選んでせっせと果汁を搾り、砂糖を加えて煮る。これだけではジュースを煮ているのと同じだから、以前、芋ようかんをつくったときに使った寒天の残りを加えることにした。保存容器に入れて冷ますと、いい塩梅に固まってジャムらしくなった。
しかし、こういう思いつきの料理には誤算がつきものである。手許にグラニュー糖がなかったので、ええぃ侭よとばかり三温糖で間に合わせたところ、黄色く仕上がるはずのものが黒ずんでしまった。料理は見た目も大切だから、これではせっかくのジャムが台無しである。さらに、味見をするとかなり苦みが強い。とはいえ今さらどうすることもできず、後の祭りである。

仕方なく、その黒っぽいゼリー状のジャムをバゲットに塗って昼食とした。まずいというほどではないが、想像していた味・色とはほど遠い。世の中、思い通りにはいかないものだと自らを嗤いつつ、堅いパンを噛み締めていると、そのほろ苦い味こそが今の自分には似つかわしいと思えて、妙に納得した。



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2014年02月02日

シンプルライフ

本格的な冬が来て空気が乾燥してくると、干し肉づくりのシーズン到来である。今年もすでに何度かつくって冷凍庫に保存してある。これを春以降、1年かけてゆっくり味わうのである。生肉に比べて独特の歯ごたえと滋味があり、炒め物やチャーハンなどの具としてとても重宝する。

今年はこれに加えて、干し芋をよく作っている。年末に、実家に帰省中の部下から送ってもらった干し芋と干し柿がバカにうまかったので、自分で作ってみることにしたのである。とはいえ干し柿はシーズンが過ぎているので秋の楽しみとし、今冬は干し芋づくりに邁進している。
といっても、作り方は実に簡単。大ぶりのさつま芋を買ってきて皮をむき、5ミリほどの厚さにスライスしたものを蒸す。十分軟らかくなったら、干し網に並べて2〜3日干すだけである。本来は表面に粉が吹くまで干すのであろうが、その途中でも十分うまい。小腹が空いたときのおやつとしてピッタリである。

干し芋

干し肉にせよ干し芋にせよ、なぜこれほどまで保存食に魅せられるのか自分でもよくわからないが、お茶でも入れて干し芋をかじりながらボーとしていると、じんわりと幸せな気分に包まれる。シンプルライフは、何も田舎暮らしをせずとも堪能できるようである。



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2013年11月09日

豊作

目の前に柿が60個余りある。郷里では裏庭の柿が豊作のようで、「多めに送って」と老母に頼んだら、よりによって段ボールに一杯送ってきた。1日に2個ずつ食べたとしても1ヵ月は保つ。その間に軟らかくなってしまうだろうが、熟柿も好物である。だから持て余しているわけではないのだが、そのまま食べるだけでは能がない。ジャムがすぐ思い浮かぶが、柿の場合、あまり特徴のない味になってしまうことは経験済みだ。

「そうだ、コンポートという手があるではないか」

そう思ったら矢も楯もたまらず、つくりたくなった。なるべく硬めの柿を10個ほど選んで皮をむき、ヘタを取る。半分に切って鍋に入れ、砂糖を重量の30%ほど加え、ヒタヒタの水でじっくり煮る。それだけである。瓶に保存する際、試しにシナモンスティックを放り込んでみた。冷蔵庫で冷やしてデザート代わりに食べたら絶対に旨い、はずである。

柿コンポート

あとひと月半ほどで今年も暮れようとしている晩秋の休日、こんなママゴト遊びも悪くあるまい。



エリザベス女王杯予想
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2013年09月15日

手慰み

夏が終わり、そろそろ秋の気配が漂い始めた。が、私には相変わらず何もやることがない。そこで、手慰みにこんなものを作ってみた。旬のさつま芋と粉寒天があれば、簡単にできる和のスイーツである。

芋ようかん

ちょっと上等な緑茶を入れ、手作りの芋ようかんをいただきながら、電子ブックで『和菓子のアン』を読む。至福のひと時である。

夜は、友人と半蔵門の国立演芸場に出かけ、米朝一門の桂よね吉独演会を聴く。私は古今亭志ん朝の信奉者であって、「志ん朝の前に志ん朝なし、志ん朝のあとに志ん朝なし」を堅く信じている。だから、今どきの落語家の噺などハナから信用していない。しかし、よね吉の「帯久」と「七段目」を聴いて、認識を新たにした。うまい。さすが米朝の孫弟子である。
なかなか良かったと満足しながらタクシーに乗り、そのまま銀座に繰り出す。行きつけのバーでノンアルコールのカクテルを2〜3杯いただいて帰宅したら、すでに0時近くであった。
このように、秋になっても私には何もやることがない。



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2013年06月30日

いい加減

梅雨時の恒例行事と言えば、梅酒か梅干づくりである。私の場合、アルコールの摂取を禁じられて以来、梅酒は卒業して梅干一途である。
この時期、スーパーの野菜売場には梅が大量に並んでいる。スーパーによって梅の品質と値段が異なるので、じっくり吟味してベストと思われる梅を買ってくる。それでも失敗することはある。2週間ほど前に梅を買ったスーパーに昨日出かけたら、同じ南高梅が投げ売り状態であった。ビニール袋に詰め放題でたった100円である。私が買った時は1キロ398円だったから、すごく損した気分。思わず追加で買おうと手が伸びかけたが、「そんなに漬けてどうするんだ、容器もないぞ」という内なる声で正気に戻り、なんとか思いとどまった次第。実はそれ以前にも小梅を買ってきて、一足早く漬け込んである。それで十分だ。

梅干づくりを始めてわかったことだが、つくり方は簡単である。
梅は青梅ではなく、黄色みを帯びた梅を購入する。それをさらに黄色くなるまで放置する。部屋は清冽な梅の香で満たされるであろう。これを追熟という。
黄色くなった梅を水に3時間ほど漬けてアク抜きをし、楊枝で1個1個ヘタを取って水気を拭く。ここが一番面倒と言えば面倒だが、私など、この作業が最も楽しい。時が経つのを忘れるほどである。
次に、梅の重さの12〜15%の重量の粗塩と一緒に容器に漬け、重石を置く。これで第一段階が終了である。物の本やネットでは、カビ防止のために容器を事前にアルコール消毒しろとうるさいが、私は手と容器をしっかり洗うだけである。それでカビが生えたことなど一度もない。
3〜4日で、自然に水が上がってくる。これを梅酢という。こうなればもうできたも同然である。梅が完全に梅酢に浸かってしばらくしたら、次は赤紫蘇を買ってくる。ありがたいことに、スーパーでは適量を袋に入れて売っている。葉を洗ったのち、何度も塩揉みしてアクを出す。おどろおどろしいほどの紫色の汁が大量に出るだろう。それをよく絞ってから、紫蘇を梅の上に散らすようにして敷き詰める。これで第二段階が終了である。紫蘇の色素と酸が反応して、梅酢は見るも鮮やかな赤色になる。私にとって、この瞬間が梅干づくりのハイライトである。

梅干
上が小梅。下の容器には南高梅が漬かっている

あとは梅雨明けを待つだけ。梅雨が明けた土用の丑の日に、漬け上がった梅を干す。ホームセンターに行けば、それ専用の笊や干しネットが売っている。昼間は外で、夜は室内に取り入れ、3日3晩干せと書いてあるが、昨今の夏の日射しは強烈だから、1日か2日でもいいだろう。これで完成である。清潔な容器に入れて保管すれば、半永久的に保つ。

残った梅酢は容器に移し替え、冷蔵庫で保管する。新生姜を漬けたり柴漬けの調味料として使ったり、実に重宝する。紫蘇の葉は、乾燥して粉砕すれば「ゆかり」というふりかけになる。まったくもって、捨てるところがない。

それにしても、なぜ日本の男どもは歳をとると梅酒や梅干づくりに走るのであろうか。小さい頃の味が恋しくなるのだという説もあるが、私に関する限り、子供の頃、梅干が特に好きだったわけではない。というより、酸っぱくてむしろ苦手だった。それなのに、「この作業が最も楽しい」とか「時が経つのを忘れるほどである」などとほざいている。我がことながら実にいい加減である。あ、いい加減=いい塩梅ということか。そんな詰まらぬことを考えながら、赤く染まりつつある梅を眺めている。



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2012年12月09日

手順

昨日の自家製生ハムの写真を見て、自分も作ってみようかなと思った酔狂な人がいないとも限らない。そこで、私流のレシピを書き記しておこうと思う。それをもとに、さらに旨くて安全な生ハムのつくり方を見つけ出していただきたい。

[ギャンブラー流 生ハムのつくり方]
・用意するもの
新鮮な豚ロース肉塊500g×2個、塩70g、脱水シート(商品名ピチット)10枚〜15枚

・手順
1. 豚肉2個に塩をまんべんなくすり込み、バットに入れて冷蔵庫で一晩置く
2. 腐敗の元になる肉汁を捨て、豚肉を1個ずつ脱水シートでしっかり包み冷蔵庫へ
3. 1日経ったら脱水シートから豚肉を取り出し、新しい脱水シートに包み直す
4. 2日おきに脱水シートを取り替え、脱水を繰り返す
5. 2週間ほどかけて脱水したら、豚肉を干し籠に入れ、外気に晒して乾燥させる
※最高気温が10℃未満で、乾燥した日を選ぶ。つまり、真冬でしか生ハムを仕込むことはできない。乾燥中は日光にあてず、雨の日は室内に取り込むこと
6. 1週間ほど乾燥させたら(極度に乾燥した日が続く場合は1〜3日で取り込むこと。乾燥しすぎると「干し肉」になってしまう)、しっかりラップに包み、冷蔵庫内で半年〜1年ほど熟成させる

・注意事項
豚肉を扱うときは必ず手をよく洗う。手をアルコール消毒するのが理想だろうが、私はそこまではしなかった。熟成中の豚肉は、青カビや腐敗の兆候がないか1〜2週間おきにラップに包んだまま外観チェックをする。青カビが生えたらその部分を削ればいい。腐敗対策として、熟成中、気温が低いうちはときどき外気に晒して乾燥させるのもいいだろう。
腐敗のチェックは、目視だけでなく匂いを嗅いでみるのが手っ取り早い。クリーミーな匂いがしていたらOK。腐敗までいかなくても、湿り気が過ぎるようなら、再度脱水するか、外気で乾燥させる。

・食すにあたって
最も注意すべきは、ボツリヌス菌による食中毒である。この菌による中毒は生命に関わるので、少しでもおかしいと思ったら思い切って肉を捨てること。また、ボツリヌス菌は大気中の酸素に晒されると死滅するということなので、外観や匂いに問題がなくても、食べる前に、念のため2〜3日外気に当てるといいかもしれない。
また、大人が食べて問題ない場合でも、子供、特に幼児には食べさせないほうがいいだろう。ハチミツを幼児に食べさせていけないのは、ボツリヌス菌による中毒の可能性があるからで、生ハムにも同じことが言える。
生ハムは薄くスライスするほどうまい。素人では市販の生ハムのように薄くは切れないので、よく切れるナイフで削ぐように切るといい。




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生一本

若い頃は、自分で野菜を育てたり、自家製の味噌や梅干、梅酒などを作ったりすることに全く興味はなかった。ジジむさい趣味、と軽侮すらしていた。
それが今ではどうだ。台所の戸棚の奥には飲むあてのない梅酒が大量に保管されているし、冷蔵庫の調味料置き場には自家製の豆板醤が鎮座している。ベランダでは、夏ともなるとバジルやパプリカが青葉を茂らせる。要は私もすっかり「爺」になったということだろう。

とはいえ、素人の悲しさで、上出来と思えるようなものはめったに作れない。失敗作ばかりとは言わないが、せいぜい梅干がそこそこうまくできたくらいである。そんな中で、我ながらこれは旨いと自慢できるものがようやく完成した。このブログの数少ない常連さんなら、私が1年ほど前に本格的な生ハムづくりに着手したことを覚えておいでだろう。それがようやく食べ頃を迎えたのである。途中、二度ほど危機があったが、大事には至らず、しっかり熟成してくれた。実物を手に取って何より感動するのは、まったく加熱していない生の豚肉が、1年も経っているのにクリーミーな香りがするという事実である。使ったのは塩のみ。混ざりけのない、正真正銘、生一本の生ハムである。

本場イタリアのプロシュートの食べ方にならって、まずはナイフで薄く削いで口に入れてみる。パルマだハモンセラーノだとまでは言わないが、私の知っている生ハムの味と匂いがしっかりする。
これをどうやって堪能したものか。生ハムと言えばメロンだが、大好きな柿と一緒に食べたらどうだろう。そう思いついて、さっそく試してみると……これはもう絶品である。次に、昼食に作ったペペロンチーノと生ハムを和えてみた。実にうま〜い。この調子だと、1年かけて作ったものがあっという間になくなりそうである。

生ハム

そうやって手塩にかけた生ハムをひとり味わっていると、秋の短い日があっという間に暮れてゆく。世はなべてこともなし。これ以上、何を望むことがあろうか。




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2012年09月17日

安い、うまい!

家でつくる料理というのは、安価な材料を使って、それなりにおいしく調理することに尽きると私は思っている。本格料理だ、男の料理だと気張ってみても、しょせんプロにかなうはずはなく、かかった材料代に比べて中途半端な料理しかできないのが落ちである。それなら、多少の出費は覚悟でそれなりの店に行って食べるほうがよほどいい。

では、安価な材料とは何か。まず旬の野菜がある。旬だからたいした手間もかからず大量にでき、値段が安めだ。何より栄養が豊富である。今なら、秋茄子やカボチャ、ジャガイモがそろそろ旬を迎えるだろう。
肉なら、鳥の胸肉、ササミ肉、鶏皮、豚三枚肉、豚肩ロースのブロック、牛すじ肉、そしてモツ。これらは料理次第ではとてもおいしいし、何よりしょっちゅう特売している。
昨日は筋を取ったササミが安かったので、迷わず購入した。さっそく、自家製の豆板醤と薄口醤油、顆粒状のブイヨンでつくったタレにまぶす。一晩置いたものをグリルで焼くと、ササミとは思えないコクと香ばしさが出る。花椒を振って食べるともう……。

ささみ豆板醤漬け.jpg

そういえば、貰い物のカボチャが台所の隅に転がっていた。とても一度に食べられないので、半分は薄くスライスして、三日ほど天日干しにした。これで日持ちがするし、何より干すとうまくなる。どんな料理に使うか、ただ今思案中である。

乾燥カボチャ.jpg

最後に、こんなものまでつくってしまった。私はときどきポテトチップスを無性に食べたくなる時があるのだが、ひと袋にほんのちょっとしか入っていないのが、長年の不満であった。それなら自分でつくってしまおうと考えたのである。まず、野菜のスライサーでジャガイモを皮ごと薄〜くスライスする。それを油で揚げる。ただそれだけ。コツは中火でじっくり揚げること。泡が出なくなったら引き上げ、油を切る。十分冷めたら大きめのポリ袋に入れ、塩を少々入れてシャッフルすると、驚くほどおいしいポテトチップスが出来上がる。

自家製ホテチ.jpg

かくして、私の三連休はあっという間に過ぎ去ったのであった。




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2012年07月30日

紅白の珠玉

梅干完成.jpg

6月の終わり頃、梅干づくりに挑戦した。「挑戦」というほど大げさなものではない。黄色くなった梅を塩漬けにして重石をし、途中でよく揉んだ赤紫蘇を加えるだけである。
ものの本には、1ヵ月後の土用の丑の日に取り出し、2〜3日間天日干しせよ、と書いてある。で、その通りにした。その通りにしたら、このような梅干が出来上がった。予想を上回る出来である。紫蘇を入れないものも同時に作ったので、まるで紅白の珠玉のよう。表面がかすかに白っぽくなっているが、これはうま味成分が析出したものだそうである。

土用干し.jpg

さっそくその中から1個をつまんで齧ってみる。まず鼻孔が梅のフルーティーな匂いで満たされ、次に舌が梅の酸味を感知する。最後にかなり強い塩味。ひと言でいうと、うまい! こんなことなら、もっと大量に作ればよかったと思うほどである。さっそく弁当のご飯に乗せ、日の丸弁当にした。
残った梅酢は保存して、新ショウガ漬けの素にする。赤紫蘇はよく絞ってやはり天日干しにし、「ゆかり」にする。捨てるものがない。先人の知恵にはほとほと頭が下がる。
これに気を良くして、来年は、もう少し塩分を抑えたものを作ろうと考えている。ことしの塩分濃度は15%超。腐敗を防ぐには最低でもこれくらいの塩が必要とのことだが、私の感覚では、10〜12%くらいまで下げられそうである。

もう少ししたら、自家製豆板醤がそろそろ食べ頃になるだろう。そして秋が来て冬の気配が深まる頃、冷蔵庫で熟成中の生ハムが完成する。その前に田舎から渋柿を取り寄せて、干し柿も作らなくてはならない。
どうやら私は、頭を使うより手を使うほうが楽しいタチらしい。




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2012年07月21日

マイブーム

凝り性、と言えば聞こえはいいが、それは飽きっぽさと表裏一体である。凝り性の私が言うのだから間違いなかろう。ずっと前、昼飯を外食していた頃のことだが、近くの中華料理店だけに行き、中華丼ばかりを注文していたことがある。しかし、2年ほど経ったある日、突然店を替えた。お店との間に何かトラブルがあったわけではない。なぜ?と聞かれても、「飽きたから…」と答えるしかない。それから1年ばかりは、夜は割烹料理屋になる店で、塩サバ定食だけを食べ続けた。

そして今、昼食は弁当を自分で作っているが、おかずは卵焼き、魚の練り物、塩鮭、新生姜の梅酢漬け、プチトマト(冬はブロッコリー)と決まっている。かれこれ5年ほどになろうか。後輩が私の弁当を覗いて、「ギャンブラーさん、今日も卵焼きと鮭ですかぁ〜」と呆れるが、他のおかずをたまに試しては見るものの、すぐこの品揃えに戻ってしまう。もっとも、これは凝り性というよりは物ぐさと言ったほうが適切かもしれない。

だし.jpg

そんな私がいま凝っているのが、「だし」である。これは、山形県の郷土料理らしい。簡単に言ってしまえば夏野菜のみじん切りで、スーパーで売っているのを見かけて、これなら自分で作れそうだと思ったのがきっかけである。
キュウリ2本、ミョウガ3個、オクラ4個、ししとう4〜5個、シソの葉3〜4枚、新生姜1カケ、これにチキンスープの素小さじ1杯、塩小さじ2分の1、薄口醤油小さじ2分の1を加えてフードプロセッサーで粗みじん切りにする。それだけ。本来の「だし」は干し昆布の千切りを入れるらしいが、その代わりにオクラを入れれば粘りは十分出る。好みで七味を入れてもいいだろう。ちなみに、写真の「だし」にはナスを入れているが、普段はナスを入れないのが私流だ。なぜなら、ナスはすぐ酸化して、1日経つと全体が黒ずんでしまって見た目が良くないからだ。ナスを入れなくとも味に違いはない。
「だし」には夏野菜特有の爽やかで軽やかな無味の味ともいうべき味わいがあって、ご飯にかけて良し、冷や奴に乗せて良し。鶏肉や豚肉のソテーの副菜としてもいいだろう。一度にたくさん作って冷蔵庫に保管しておけば、2〜3日は十分保つ。

一応、レシピとしては完成しているが、凝り性だから日々研究を怠らない。他の食材で自家製「だし」に加えられるものはないかと、スーパーの野菜売場を見て回るのが日課になっている。もっとも、新タイプの「だし」を世に問う前に、「だし」そのものに飽きてしまう可能性、なしとしないのだが……。




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2012年06月03日

ちょっとまずい

きのう、野菜の自然栽培に関する講演を聴いてきた。仕事がらみではあるが、聞いていてなるほどと納得する点が多々あり、日頃の食生活に対する危機感とともに深く考えさせられた。以下に講演のポイントを列挙する。

・野菜に含まれる硝酸態チッソは、アミノ酸に変化して旨味になるが、アミノ酸に変化せず、そのまま残ると硝酸塩になる。硝酸塩には強い発がん性があり、欧州ではほうれん草やレタスに含まれる硝酸態窒素濃度を規制しているが、日本ではノーチェック。

・化学肥料であれ有機肥料であれ、肥料には硝酸態チッソが過剰に含まれている。肥料は、より早く大量に栽培するために使われるが、その弊害として、人体に悪影響を及ぼす硝酸態チッソが多く含まれていると考えたほうがよい。

・「有機無農薬(低農薬)野菜」はインチキ。ここでいう「無農薬」とは、「認められた農薬以外は使っていない」ということに過ぎない。また、人気のある有機栽培も、上記の理由から硝酸態チッソに関しては危険。

・過剰な硝酸態チッソを含まない野菜を作るためには、肥料を与えない「自然栽培」が最適だが、旬の野菜を食べるだけでも硝酸態チッソの害は軽減される。「自然栽培」とは、野草が肥料や農薬を一切使わななくても丈夫に育っている現象からヒントを得た栽培法である。

こんなところだが、最初のうちは「脅すだけ脅しておいて、あとから自然栽培と称する野菜を売りつける商法か」と疑ったのだが、スーパーで真冬に青々としたキュウリやピーマン、スイカが堂々と売られている現状に強い違和感を感じていた身としては、疑心よりは納得感のほうが強かった。
最後に、より安全な野菜を見分ける方法を教えられたので、参考までに記しておく。

・野菜の旬には間違いが多い。本当の旬は、原産地の気候や風土を見ればわかる。例えばトマトの原種はアンデスの山岳地帯で、乾燥に強く、雨や湿気に弱い。従って、日本ではトマトの旬は夏ではなく春。品種改良を重ねても、原種のDNAは脈々と受け継がれている。
・色はなるべく緑の薄いものを選ぶ。緑の濃いものは硝酸態チッソが過剰である可能性が高い。
・小ぶりでずっしり重いものを選ぶ。大きすぎるものは、肥料過多=硝酸態チッソ過剰の可能性が高い。
・全体的に丸い野菜を選ぶ。外観だけでなく、断面が丸いほど良い野菜。
・形や葉脈が左右均等のものを選ぶ。

私は常々、野菜はなるべく大ぶりで緑の濃いものを選び、冬野菜であるホウレン草のナムルを初夏の今、よく作っている。さすがにちょっとまずいんじゃないかと思った次第です。




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posted by ギャンブラー at 11:34| Comment(5) | TrackBack(0) | 男子厨房に入る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月07日

何が不満?

日々の暮らしに何か不満があるわけではないのだ。昨年患った病気はほぼ快癒したし、仕事もまずまず順調である。ワタクシ事でも、先日ふらっと行きつけのバーに寄ったら、たまたま一人で飲みに来ていた知り合いの女性と意気投合、二人でしっぽり話し込む、というような慶事(?)もあった。あえて気になることをあげれば、五十肩がなかなか治らないことと、株価が冴えないことくらいである。

そんな日々を送っているにもかかわらず、溜息とともに口をついて出るのは、「詰まらない人生だなぁ」という愚痴である。刺激が足らないからでしょう、と言われそうだが、自らの心を覗き込んでみても、自分がそれほど刺激的なハプニングを求めているとは思えない。人生が詰まらないことは別にかまわないのだが、なぜ詰まらないと思うのかわからないことがもどかしい。

そんなモヤモヤした気持ちが続くと、結局こういうことをやらかしてしまうんですね。今日、たまたまスーパーの野菜売場で莢入りの空豆を見たら、衝動的に何袋も買い込み、帰ってすぐ豆板醤を仕込んでしまったのだ。
莢から豆を取り出して蒸し器で20分ほど蒸した後、薄皮を剥いてすり潰す。そこに韓国産の粉唐辛子、塩、米麹、味噌、湯冷ましのお湯を入れてこねる。そうすればこういうものが出来上がる。実物の色は写真よりもっと赤い。もちろん、すぐ食べるわけではなく、最低でも3ヵ月ほど発酵させなければならない。

豆板醤

現在熟成中の生ハムにしろ今回の豆板醤にせよ、未来の自分の気慰みになるものを今から用意しておこうと、涙ぐましい努力をしている。そんな自分がなんともいじましい。




桜花賞予想
posted by ギャンブラー at 22:42| Comment(2) | TrackBack(0) | 男子厨房に入る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする