2017年06月14日

人生の意味


久し振りに「これは」と思う人生相談が読売新聞に載っていた。まずは相談内容を読んでもらいたい。

 30代の主婦。夫と2人暮らしです。退屈で価値のない人生を送っています。
 スーパーに行ったり、ご飯を食べたり、お風呂に入ったりして、寝るだけの日々です。昔から時間に追われることが苦手な私が、時間を持て余しています。趣味はありますが、それすら面倒になってきました。
 これといった目標もありません。息が止まるその日まで生きるのみという感じです。せっかくこの世に産んでもらったのに、親に申し訳ない気持ちです。
 周りからは、こんな陰気くさい考えを持っているとは思われないでしょう。外見で困ったことはなく、おしゃれも好きですから。
 夜になると、気持ちが少し楽になります。やっと1日が終わるからです。「明けない夜はない」などと言いますが、このまま明けなくてもいいのだけれどと思ってしまいます。努力は裏切らないと聞きますが、無駄な努力はあると思います。


突っ込みどころはたくさんある。おそらく専業主婦で、何不自由なく暮らしていて、容姿にもそこそこ自信のあるアラサー女性。そんな女が、「人生が退屈で価値を感じられない」と嘆いている。ほとんどの人は一読するなり「ばかばかしい」、大阪人なら「アホくさ!」の一言で切って捨てるだろう。

しかし、そう言って済ませてしまうほど、この相談内容の底は浅くない、と私は思う。彼女は自らの生活を「スーパーに行ったり、ご飯を食べたり、お風呂に入ったりして、寝るだけの日々」というが、そこに「仕事をしたり」を加えれば、ほとんどの人に当てはまるのではないか。そんな毎日を、価値があって、キラキラと輝いていて、明日がくるのが待ち遠しいと感じている人はどれだけいるか。むしろ、「こんな人生に何の意味があるのか」「いつまでこんな暮らしを続けていけばいいのか」と、口に出さないまでも心の奥底でつぶやいている人は決して少なくないと思われる。つまり、彼女の悩みは現代人、とりわけ先進国に住む人々が漠然と感じている、底なしの虚無感につながっている。

現代人は自意識過剰だから、人間一人ひとりの存在、とりわけ自身の存在はかけがえのないものだと思っている。SMAPの『世界に一つだけの花』に歌われている“only one”の呪文にみんな捕われているのだ。でも実際は、この世界にとって人間一人の存在など何の意味もない。投げやりな気持ちや無常観からそんなことを言っているのではない。それが自然界を貫く冷徹な事実であり、他の生き物と違って人間は特別な存在だという考え方は単なる思い上がりに過ぎない。自分がいなくなった世界を思い浮かべてみても、ごく小さなさざ波がごく限られた範囲に生じるくらいで、すぐに何事もなかったかのように時が過ぎていくだろう。
そのことを本能的に知っていてもなお、「自分の人生にはどんな意味があるのか」と問い続けるのが、現代人の宿痾である。どんなに問うてもそこに答えなどないのだが、それでも答えを得たいと願う心に無理が生じて孔があき、そこから血が滴り落ちる。その一滴がこの人生相談となって現われたのではなかろうか。

この相談に対する私の答えは以下の一文に尽きる。

「そう、あなたの人生には何の意味もなければ価値もありません。あなただけでなくすべてのホモ・サピエンスは、この宇宙にとって、いてもいなくてもどうでもいい存在なのです。自分の人生に意味を感じたければ、余計なことは考えずに、「意味がある」「価値がある」と自己暗示をかけるよりほかありません。それができないなら、このまま意味もなく生きていくしかないんだと覚悟を決めて下さい。」

さすがにこれでは回答にならないから、より実践的なアドバイスをすると、次のようになる。

「人生に意味と価値を感じたければ、子供を産みなさい。そうすれば、子育てに追いまくられて、人生の意味や価値などについて考える暇もなくなるでしょう。あるいは、子供こそ価値ある存在であり、それを育てることに我が人生の意味がある、と気づくかもしれない。子供が巣立ったとき、再び虚無に襲われるでしょうが、そのときはすでに老い先が短くなっていますから、たいして苦しむことなくあの世にいけるでしょう。」

あぁ、やっぱりこれじゃ人生相談の回答者にはなれそうにないなぁ。


posted by ギャンブラー at 20:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 勝手に人生相談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月01日

間抜け

またまた面白い人生相談が載っていた。あまりのバカバカしさに、編集部の作文ではないかとの疑念は残るが、まずは以下を読んでいただきたい。

30代の男性会社員。10年近く交際し、今年結婚した妻が不倫をしていました。
相手は妻の同僚で妻子持ち。私との結婚や仕事の悩みを相談するうちに関係したそうです。婚姻届の提出直後に告白され、ショックで眠れなくなりました。
相手と連絡したり、会ったりしないよう何度も頼みましたが、妻は聞き入れません。「相手と再婚する」「その人を好きな気持ちは変わらない」と言われました。
そして突然、相手の男性が家に来て「今後、奥さんとは会わない」と別れ話をしました。携帯電話の番号やメールアドレスを消し、謝罪を述べていきましたが、私は到底彼を許せません。
妻は連絡もしないまま帰宅が遅くなり、ことあるごとに「結婚しなければ良かった」と言います。夫婦生活もありません。不倫を知ってから、寝ても疲れがとれず、食事もできません。離婚も考えています。どうしたらいいのでしょうか。


「どうしたらいいのでしょうか」って、他人に相談している時点で人間失格だろう。出会って3ヵ月後に勢いで結婚しました、というのならわからなくもない。一種の発作と諦めて、即刻離婚したらいいだけだ。しかし、この男、10年近くも交際していながら、女の気持ちや本性を見破れなかったのである。まずは自分の馬鹿さ加減を恥じるべきだろう。
女の気持ちもまた不可解極まりない。そんなに嫌な男となぜ結婚したのか。性格的に弱く、断り切れなくてつい……というケースもなくはなかろうが、その後の言動を見ると、そんなタイプとも思えない。何を考えて結婚したのか、男の私には金輪際理解不能である。
ここに登場する人物の中で、もっとも常識的なのが、不倫相手の妻子持ちではなかろうか。もちろん不倫はいけない。しかし、女から相談を受け、言い寄られているうちに、ついフラフラと……という事情はわからなくもない。発覚後、相手の男の許を訪れ、きっちりと謝っているのも、できそうでできることではない。

書いているうちに、こんなことをあげつらっている自分が間抜けのように思えてきた。たぶん間抜けなのだろう。それにしても、人生相談は世相を反映しているといわれるが、ニッポンは大丈夫なのだろうか。




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posted by ギャンブラー at 11:29| Comment(4) | TrackBack(0) | 勝手に人生相談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月11日

嗚呼、結婚

新聞の人生相談コーナーは今も愛読している。しかし、最近は、相談内容にしろ回答にしろ想定内で、読んでいてつまらないものがほとんどだ。しかし、先日の読売新聞の「人生案内」は久々のヒットだった。それはこんな内容である。

 40代主婦。夫は元気で働いてくれて感謝はしていますが、無神経で時々いらいらします。
 結婚する時に夫の側が勝手に家を買いました。悔しく思いましたが、破談にもできず仕方なく了承しました。
 ある時、隣家との境にある庭の木の枝を「切って」と夫に頼んだら「あ、ああ」と上の空。やる気がないと返事でわかりました。その枝はいつの間にか隣の人が切ってしまいました。夫は切ってもらって情けない、恥ずかしいという気持ちもなく、その話をしても笑ってお菓子を食べていました。
 夫は庭に草が一杯はえていても気にならない様子です。もう少し外のことに気を配り、周りに不快に思われないようにしてほしいのです。夫と結婚した自分が情けなく、一時は夫の顔も見たくなかったほどですが、離婚しても経済的に自立できません。
 人の気持ちを変えることは難しい。だから自分が変わらなくてはといいますが、少しでも夫に気配りを心がけてほしいのです。


どうです。すごいでしょう。私はこれを読んだとき、ネタ切れのため編集部が作文したのかと思いました。
結婚の際に夫側に持ち家まで用意してもらい、その後もしっかりと稼いで安定した家庭生活を維持してくれている。それにもかかわらず、庭の木を切ってくれないとか、庭の草取りをしてくれないとブウたれている。そんなこと自分でやれよ、バカタレ!と夫でない私でさえ突っ込みたくなります。しかも自分で働く気はさらさらなくて、離婚したら経済的に自立できないから離婚はできないと言う。そんな妻に対して、「笑ってお菓子を食べて」いる夫はなんとできた人間でしょうか。それとも自分に女を見る目がなかったと、半ば人生を諦めているのでしょうか。
あえて彼女の思いを深読みすれば、結婚にあたって夫に家を買ってもらったとき、「悔しく思った」「仕方なく結婚を了承した」という下りが気になります。両家に経済格差があり、夫側の家から見下されたという屈辱感が未だに尾を引いている、とも考えられます。

いずれにしても、私がここから導き出した結論は、結婚とはなんとリスクの大きい賭けであろうかということである。多かれ少なかれ、このような不満をぶつけ合いながら、時には憎み合いながら、無数の夫婦が一つ屋根の下に暮らしていることを想像すると、自分の幸運を神に感謝したくなるのである。




追記
posted by ギャンブラー at 10:18| Comment(12) | TrackBack(0) | 勝手に人生相談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月13日

勝手に人生相談6

気は持ちよう。昔の賢人がそういっている。わかっちゃいるが、くよくよ・もやもやとした思いを抱えながら生きていくのが凡人かもしれない。私だってそうだ。なんでこんなことに気を揉んだり悩んだりしなくちゃいけないのか。何度そう思ったことか。それでもやっぱり詮無いことに気を揉んだり悩んだりして生きてきた。結局、こうして死ぬまで生きていくのだろう。
そう思うと、人から見れば馬鹿馬鹿しくてどうでもいいような悩みを持つ若者にも共感を覚えるのだ。オレだって同じようなものだよ、と。



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posted by ギャンブラー at 10:48| Comment(23) | TrackBack(0) | 勝手に人生相談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月22日

勝手に人生相談5

知人がまた一人離婚した。旦那は外資系企業のエグゼクティブで年収ウン千万、奥さんもバリバリのキャリアウーマンで年収一千万。そんな成功者を絵に描いたような夫婦が別れてしまう。つくづく人生とはわからないものだ。こうした事例を見ると、人生カネだけじゃないと思う一方、現実はカネにこだわり、カネの多寡が人の価値を決めている側面があるのも事実である。
そんな折、愛読している新聞の人生相談に下記のような投稿があったので、久しぶりに血が騒いだ。もとより、誰に責任も負わない独り暮らしの妄言である。お暇な方はどうぞ。



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posted by ギャンブラー at 11:25| Comment(12) | TrackBack(0) | 勝手に人生相談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月16日

勝手に人生相談4

歳をとってある程度経験を積むと、誰かに自分の経験談を話したくなるものだ。特に若い人に対しては、自分の体験を元に、人生の先輩としていろいろアドバイスしてみたくなる。
しかし、それにはほとんど意味がないと最近思うようになった。人というのは、自分で考え、行動し、痛い思いをしないと、思い知るということがない。そうやって一つひとつ経験を積み重ねたことだけが身につくのだ。
年長者から見ると、それがとてももどかしい。「あ、そんなことをしたら失敗するのに」とか、「周囲のことが全然見えていないな」と思うと、つい口を出したくなる。ところが、相手は自分の言うことをなかなか聞こうとしない。たとえその場では聞いた振りをしても、実際の行動では正反対のことをする。そして失敗してしまう。すべての人がもっと年長者の声に耳を傾けて行動すれば、無駄なことをしないで済むし、失敗する危険性も減るはずだが、人間というのはそういうふうにはできていない生き物のようだ。
だから最近の私は、自ら進んで若い人にアドバイスしようとは思わない。仕事でも同様で、これではダメだと思ったら、アドバイスではなくやるべきことを命令する。そうするしか危機を回避できないからだ。
しかし、若い人からアドバイスを求められたときは別で、親身になって答えるようにしている。その人に私の考えを受け入れる準備ができているからである。おそらくその時の私は、舌なめずりしているはずだ。今回はそんな例を一つ。


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posted by ギャンブラー at 09:50| Comment(8) | TrackBack(0) | 勝手に人生相談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月04日

勝手に人生相談3

飛行機が嫌いなことは以前も書いたが、この週末の出来事で、私の飛行機嫌いはさらに拍車がかかった。
東京に雪が降った日曜の午後2時半、私は4時発の長崎行きの便に乗るべく家を出た。仕事の都合で、翌月曜の朝8時には長崎にいなければならなかったからである。しかるに、雪の影響で羽田を飛び立ったのは夜の7時、しかも行き先は福岡で、そこから特急電車に2時間揺られて、長崎のホテルにチェックインしたのは深夜だった。
天災だから仕方がない。普通なら私もそう思って諦めるが、ANAは何事もなかったようにバンバン飛んでいるのに、私が乗る予定にしていたJALは欠航に次ぐ欠航とはどうしたことか。お陰で、払い戻しや便の変更を求める客が並ぶ200メートル以上にもなろうかという列の最後に私も並ぶはめになった。友人に言わせると、「経営体質の差が如実に出た当然の結果。JALなんかに乗ろうとしたあなたが悪い」とのことである。

そういう不愉快な出来事と肉体的な疲れに追い討ちをかけるように、飛行機の乗り心地は極めて悪い。
薄っぺらい金属の板でできた躯体、大量に積まれた可燃物、たった一つの部品が抜け落ちただけで爆発するかもしれないエンジン、携帯電話が発する電磁波程度にも影響を受ける脆弱な電子機器‥‥。そんな機体が、地上1万メートル、外気温−50度の上空を時速1000キロで飛んでいる様を想像すると、冷や汗が出てきて仕方がない。太平楽に居眠りをしている人の気が知れない。

というわけで、今回の人生相談に対する私の回答が以下のようなものになっても、仕方がないではないか。


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posted by ギャンブラー at 22:59| Comment(10) | TrackBack(0) | 勝手に人生相談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月19日

勝手に人生相談2

人生相談の多くは、恋愛や結婚に関するものである。中には深刻なものもあるが、「なぜ?」と首を傾げざるを得ないものが大半を占めている。「そんなことわざわざ相談しなくったって、答えは出ているだろう」と思うようなものがほとんどなのだ。次のような相談はその典型例である。

30歳代の女性会社員。結婚を考えている彼氏のことで相談に乗ってください。
彼とは女性関係や金銭がらみでけんかすることが多く、正直に「つらい」と言うと、「おれは悪くない」「男をつくれば、おれの気持ちが分かるだろう」などと言います。何度、別れようと思ったかわかりません。でも優しいところもあるので今もつき合っています。
結婚について話すたびに、価値観の違いが浮き彫りになります。彼は「おれの両親とすぐに同居して面倒をみてほしい」。私は同居する前に、2人だけで生活する時間も必要だと思っています。
結婚とは何ですか? 彼は「結婚とは我慢すること。相手を許す気持ちが必要だよ」と言います。あなたにだけは言われたくない、と思ってしまいました。このまま結婚したら利用されるだけと、つい考えてしまいそう。ひどい女です。ご助言をお願いします。


これを読む限り、相手の男は女性関係や金銭にだらしなく、女性に対する思いやりにも欠けていて、誰が見ても、結婚相手としては最悪のタイプである。彼女もそのことはよくわかっているのだろう。
それにもかかわらず、「優しいところもあるので今もつき合っている」というばかりか、自分のことを「ひどい女です」などと卑下しているではないか。面白い、実に面白い。このへんの男女関係の不思議さ、その機微を深読みするのが、人生相談を読む楽しさである。

今回私が回答するのは、これから結婚しようという若い女性ではなく、そろそろ第二の人生を迎えようとしている熟年の主婦からの相談である。ここにもまた、男と女の考え方、感じ方の違いが出ていて面白い。


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posted by ギャンブラー at 00:19| Comment(8) | TrackBack(0) | 勝手に人生相談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月14日

勝手に人生相談1

数年前から、新聞の人生相談を愛読している。なぜだかわからないが、実に面白い。その大半は、恋愛と家族(親族)にからむ相談で、世の中、実にいろいろな悩みがあるのだなぁと思う反面、ほとんどが同じパターンで、人の悩みというのは本人が思っているほど特殊かつ深刻なものではなく、どこにでも転がっているものだということがわかる。文豪トルストイは『アンナ・カレーニナ』の冒頭で、「幸福な家庭はみな同じように似ているが、不幸な家庭はそれぞれ異なる不幸の形がある」と書いているが、人生相談を読む限り、現代では不幸の形もバリエーションが失われて、ほとんど変わらなくなっているようである。
もっとも、本当に深刻な悩みがあれば新聞になど投稿しないというか、投稿する余裕もないだろう。それだけに、投稿された相談内容はどこかヌルくて、読むこちらも余裕を持って接することができる。そのへんも新聞の人生相談のいいところだ。

相談内容だけでなく、著名人や専門家による回答も興味深い。ほとんどはそんなものかと思って読んでいるが、「そりゃ違うだろ」と反論したくなるような回答もたまにある。また、やむを得ないことかもしれないが、相談者の言い分だけを聞いて回答しているため、底の浅い回答になっているケースも少なくない。相談者の言い分は当然として、悩みのタネとなっている相手方の立場や思いも忖度しながら回答しないと、本当のアドバイスにならないはずなのだが…。その一例をあげてみる。

50歳代主婦。あと2年で定年を迎える夫のことで相談です。子どもが大学を卒業し、仕送りもなくなりました。夫婦で旅行を楽しみたいと思っていたのですが、夫は「仕事が忙しくて休めない」と言います。
私が家で1人で待っていても、夫は会社の部下と外で食べて来ます。「少しは自由にさせてくれ」と言うのです。私だってパートで働き、欲しいものも買わず我慢してきました。たまの休日にもラーメン店ぐらいで、高級レストランに連れて行ってもらったことはありません。
そのうえ、「お前のような女は好みではなかったが、親に見合いを勧められ、好きな人もいなかったので結婚した」と言われました。暴力を振るわれたことはありませんが、言葉の暴力だと思います。ただ子どもたちが結婚するまでは離婚したくはありません。それまで、どのように過ごしたらいいでしょうか。(2008年1月3日付��読売新聞朝刊)


これを読む限り、誰だって「そりゃあなた、そんな亭主とはさっさと別れて、慰謝料をふんだくってやりなさい」とアドバイスしたくなるだろう。しかし、ここには当の亭主の言い分は一切書かれていない。彼だって、女房に言いたいことがあるはずだ。「お前のような女は好みではなかった」という暴言も、ニュアンスがゆがめられている可能性もある。また、「少しは自由にさせてくれ」という一文に亭主の嘆きが垣間見えないこともない。亭主の言い分を聞けば、逆に「そんな女房とは別れたほうがいい」と回答したくなるかもしれないのだ。
限られたスペースのコーナーだから、そこまで考えて回答するのは難しいかもしれないが、人生相談コーナーのファンとしては、そのへんを深読みするのが醍醐味である。

そんなことを考えているうちに、いつの頃からか、自分ならこう回答するのに…と思うようになった。そこから、ブログで自分なりの回答を書いてみようと思うまでに、それほど時間はかからなかった。求められてもいないのに、勝手に人生相談の回答者になろうというのである。暴挙というほかない。しかし、一人ぐらいこういうバカなことをしてもいいのではないか。相談内容を勝手に引用するのは著作権にひっかかるかもしれないが、辺境のブログのこと、大目に見てもらえるだろう。その分、悩みにはできる限り真摯に向き合おうと思う。


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posted by ギャンブラー at 10:53| Comment(14) | TrackBack(0) | 勝手に人生相談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする