2020年03月26日

何で死ぬか

都内で感染爆発が起きそうだということで、週末の外出自粛要請が都知事から出された。それでも効果がなければ、緊急事態宣言を発令し、イタリアやスペインのように都市封鎖をして一切の外出を禁止するつもりなのだろうか。たとえ都市封鎖をして一時的に感染者が減っても、封鎖を解けばまた増える。つまり、この病気がなくなるまで封鎖を続けるしか、感染を止める方法はない。感染症の専門家からすれば、それでも必要な処置なのだろう。それによって多くの人命が救われる、はずだからだ。

では、それで万々歳なのか。全ての人が動きを止めれば、たちどころに経済は止まる。経済が止まれば、全ての人の生活が立ち行かなくなる。富裕層もしかり。経済が崩壊すれば社会基盤も崩壊し、カネなど何の意味もない世界が到来するからだ。巷には失業者があふれ、破産した人が首を吊る。餓死者も出るだろう。病気になってもお金がないから満足に医者にかかれず、死ななくてもいい人が死ぬ。コロナからは助かっても、人はいろいろな原因で死ぬのだ。

それがわかっていても、致死率1%の疫病をここまで恐れなければならないのか。私が病気よりも恐いのは、そういう対策を命令しているのが、全て公務員か、それに準じる人たちだということである。彼らは倒産や失業の真の恐怖を知らない。頭でわかっていても、実感がない。そんな人たちが、「オーバーシュート」とか「ロックダウン」などという覚えたての専門用語を使って、経済崩壊を招きかねない対策を打ち出す。
こういうと、「人の命より金儲けのほうが大事なのか」という人が必ず現われる。私たちが暮らす資本主義社会においては、お金=命なのだ。試しにお金を持たずに買い物に行ってご覧なさい。病院に行ってご覧なさい。「あるとき払いの催促なしでいいですよ」とは絶対にならない。お金がないことは死に直結するのだ。だから、そんな批判に耳を傾ける必要はない。

以上のように、感染症対策と経済活動は両立しない。これをトレードオフの関係と言うそうだ。それなら、どちらも一歩譲って、バランスをとるしかない。陽性なら軽症者でも隔離して貴重なベッドを占領するような策は即刻やめて、重症者を最優先で治療する体制を早急に準備しなければならない。昼夜兼行で人工呼吸器を増産し、あらゆる手段を用いてベッドを確保しなければならない。
その間、我々はできる限り在宅勤務や時差出勤をしながら、粛々と仕事をする。そして、「3密」の場所には出かけない。それによって客が激減し商売が成り立たない業者・企業には、前年同月売上の8割を国が保証(給付)する。
それでもどこかに歪みは出るだろう。都市封鎖した場合に比べれば感染者も増えよう。敢えてそれを受け入れて粘り強く生き抜いていく。それしかない、と私は思う。

posted by ギャンブラー at 23:40| Comment(0) | 口は災いのもと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする